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極私的・偏愛映画論『初恋のきた道』選・文 / 矢澤 剛(〈poubelle〉オーナー) / June 25, 2021

This Month Theme民芸品や工芸品を飾りたくなる。

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鎹継ぎを施した青花茶碗の美の内面。

開店当初、朝早く市に出掛けては、安く手に入る誰も見向きもしないような割れた器ばかり仕入れ、店に戻って修理を施し売っていた。
次第に直すという行為自体に偏愛的になっていき、暫くして上海で個展を開催することになった。ギャラリストが付けたタイトルは「我的恋物癖」。翻訳すると「私のフェチ」。些か誤解を招くであろうタイトルに気恥ずかしくなったのを覚えている。

その頃、チャン・イーモウ監督の中国映画『我的父親母親』を偶然観た。邦題では『初恋のきた道』。物語を理解すると邦題が原題に比べて秀逸だとわかる(私の個展の邦題はなんとかならなかったのだろうか)。
物語は華北の山間にある美しい村に、都会から若い教師が赴任して来るとこから始まり、自由恋愛が稀有な時代に、その彼に恋心を抱いた18歳の少女(チャン・ツィイー)の初恋の成就とその経緯を描いている。
少女の健気で一途な恋心に心洗われる作品なのだが、同時に映し出される昔ながらの土着的な風土風習、日常的に使われる道具に目を奪われる。

物語の中程、少女は言葉にできない想いを料理によって伝えるのだが、料理を盛るための大切な青花の茶碗を割ってしまう。
家の前の路地から「瀬戸物修理はいらんかね」と呼びかけ、カランカランと鐘を鳴らし歩いて来る鋸碗匠の老人を、少女の祖母は招き入れ、器の修理をお願いする。割れた器の断面を刷毛で綺麗に掃き、破片を合わせ紐で結び固定する。縄文人が火起こしに使うような弓式の錐(きり)で穴を開け、叩いて作った鎹(かすがい)を打ち込み、継なぎ止める。留守から戻った少女が、棚に仕舞ってある直った器を見て涙する。目の見えない祖母は「何してるんだい?」と尋ねる。短いが、鋸碗匠が登場する印象的なシーンだったので繰り返し観た。

鎹継ぎは、中国発祥の技法だと後に知ったが、世界各地の器に見かけるので、どのように広まったのか不思議に思う。その割に何故か、正規の手法はあまり知られていない。
直された古い器を手本に、見様見真似で番線を叩いて鎹を作り、現代の道具を駆使して器に穴を開け、自分で鎹継ぎを施した器を見て、暫くは満足していたが、上海から戻った頃には少し鬱陶しく感じるようになってしまった。
映画の中で目を奪われた道具や風習は、民藝的な言い方をすると「無心の美」。そこに美しさを感じ写そうとする行為はもう無心ではなかったと気付いたのだった。
いつしか、私の偏愛はどこかへ行ってしまったが、いまも時々、知り合いに頼まれて器を直すことがある。瀬戸物修理はいらんかね、カランカラン、と呟きながら。

illustration : Yu Nagaba
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いま、気軽に使われる「美しい」「かわいい」の舞台裏には、厳しい自然、貧しい時代を、切実に生きた人間の営みがある。チャン・ツィイーのアイドル映画と揶揄されることもあるが、少し遠回しに民藝、工芸の本質に触れることのできる作品のように思う。
Title
『初恋のきた道』
Director
チャン・イーモウ
Screenwriter
パオ・シー
Year
1999年
Running Time
89分

〈poubelle〉オーナー 矢澤 剛

西荻窪にある古道具、アンティークショップのオーナー。店名はフランス語で「ゴミ箱」を意味する。ギャラリーのようなミニマルな空間には、自身が収集し、修理した品が美しく陳列されている。

instagram.com/poubelle0702

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