MOVIE 私の好きな、あの映画。
極私的・偏愛映画論『こねこ』選・文/甲斐みのり(文筆家) / January 20, 2017
This Month Theme心地よい気持ちになる。
甲斐みのり(文筆家)
角ばった気持ちもくるんとまあるくなる。
猫はまるで毛布のようだ。愛着のある毛布やぬいぐるみを常に持ち、安心感を得る状態を心理学用語で「ライナスの毛布」や「安心毛布」と言うけれど、18年生活をともにする愛猫がかたわらにいたら、それだけでじゅうぶん気が休まる。実際、多くの飼い猫たちは冬の間、毛布や湯たんぽさながらにぴたりと人に寄り添い、飼い主の心身をぬくぬくと温める。それから愛猫が布団に潜り込んできたら「ああ、冬が始まるなあ」としみじみ思い、朝に窓辺を恋しがれば春の兆しに救われる。猫の姿や立ち振る舞いで移ろう季節を感じるようになって、何気ない毎日の中、こよみを追うのとは違う妙味が増した。
合間合間や一瞬だけでも、猫が映る映画になぐさめられるのが愛猫家だ。ましてや猫が主役の映画となれば、鑑賞中は春の陽だまりにいるのと同じ。自分よりずっと小さく儚い命のきらめきに、心の内に明るい光が差し、角ばった気持ちもくるんとまあるくなる。
映画「こねこ」の舞台は真冬のモスクワ。極寒の大都会で奮闘する猫たちに思い入れ、ともに震える場面もありながら、おおもとは暖かな毛布にくるまれているがごとき心地よさ。ときにやんちゃで気まぐれで、ときに凛々しく神々しい、優しく愛らしい猫たちの表情に顔がほころび、初めて愛猫を迎え入れた日のくすぐったさを思い出さずにいられない。
フルート奏者を父に持つ姉弟、マーニャとサーニャの元にやってきた、キジトラ猫のチグラーシャ。窓辺で遊ぶうちトラックの荷台に転落し、遠くの町へ運ばれてしまう。冒険の果てに辿り着いたのが、孤独な愛猫家・フェージンの家。リーダー猫のワーシャ、シャム猫のイザウラ、ジャンプが得意なジンジン、ちょこんと出したベロがチャームポイントのシャフ。チグラーシャは頼もしい仲間たちと、地上げ屋と戦うフェージンを助けたり街中での窮地を乗り越え、思いがけない場所で飼い主家族と再会を果たす。
猫たちの名演ぶりが胸を打つが、なんとフェージンを演じていたのが、「世界一の猫遣い」と称されるボリショイサーカスの調教師、アンドレイ・クズネツォフと知り妙に納得。私たちがこの映画に心地よさを覚えるように、猫たちもまた人への信頼を抱き、監督や役者や猫好きなロシアの人たちに温かく見守られながら、のびやかに駆け回っていただろう。