MOVIE 私の好きな、あの映画。
極私的・偏愛映画論『タレンタイム〜優しい歌』選・文/野中モモ(翻訳者、ライター) / February 27, 2019
This Month Theme心に残る言葉と出合う。
大事なのは言葉より行動だけれど、言葉にはとてつもなく大きな力がある。
タレンタイム(Talentime)とは何か。あきらかに英語っぽい響きだけれど、どうやら手元の英和辞典には載っていないようだ。これはマレーシア英語で、出場者がさまざまな音楽や踊りのパフォーマンスを披露し競いあう才能発掘コンクールのこと。もとは1949年にシンガポールで放送開始したラジオ番組で、後にテレビ番組となりこの地域に広まった文化だとも聞いた。つまり「Talent + Time」(才能+時間)ということだろう。「Tale’n’Time」(お話と時間)とも言えるかもしれない。
ヤスミン・アフマド監督の『タレンタイム〜優しい歌』は、マレーシアのとある高校を舞台に、このコンテストというか演芸会というかを前にした少年少女たちの恋と友情、家族の絆を描いた群像劇だ。クライマックスに用意された何らかの晴れ舞台に向けて登場人物たちが衝突したり心を通わせたりする人間ドラマというのは、これまで幾度となく目にしてきたお決まりの型ではある。だが、かつてイギリスの植民地だった歴史を持ち、さまざまな民族、宗教、言語が入り交じって発展してきたマレーシアならではの人々の軋轢と、それを乗りこえる大きな優しさを見せてくれるこの作品は、特別にあたたかく胸に沁みる。
ヒロインのムルーは、イギリス系とマレー系の混血の父とマレー系の母のあいだに生まれた三姉妹の長女で、ピアノが上手。彼女の家はムスリムでわりと裕福らしく、中華系のメイドも同居してにぎやかだ。ムルーの送迎を任され、そのうち彼女と恋に落ちるマヘシュは、インド系のヒンドゥー教徒。幼い頃に父を亡くし、母と姉とつつましく暮らしている。彼には聴覚障害があり、手話で会話をする。転校生のハフィズはマレー人のムスリム。いつも飄々としながら成績優秀でギターと歌も得意な彼の心を曇らせるのは、唯一の肉親である母親の重い病気だ。ハフィズに成績トップの座を奪われ激しく対抗心を抱くカーホウは中華系の男の子。彼は二胡を演奏する。この映画の中では、登場人物の誰と誰が、どんな場で話すかによって、英語、マレー語、タミル語、中国語が切り替わり、加えて手話も入ってくる。
さまざまな言語、さまざまな手段を使って自分の想いを伝えようとする人々の姿を見ていると、コミュニケーションというものは文字にならない部分がいかに大きいのかを痛感させられる。たとえ言葉でうまく言えなくても、ただそばにいて寄り添う人の心のうつくしさよ。その一方で、この映画ではいなくなってしまった誰かが残した言葉が時を超えて人を動かしもする。そもそも、ここで奏でられる音楽にこんなに泣かされてしまうのは、この物語に日本語字幕をつけて紹介してくれた人たちのおかげでもあるわけで。大事なのは言葉より行動だけれど、言葉にはとてつもなく大きな力があるということをしみじみ思い知らされるのだった。