MOVIE 私の好きな、あの映画。
『ピニェロ』選・文/紺野真(〈organ〉オーナー) / August 20, 2016
This Month Themeカフェカルチャーに出合う。
紺野真(〈organ〉オーナー)
アメリカ・西海岸のカフェに漂うストリートカルチャー。
僕がアメリカ西海外で暮らした10年間で一番大きな影響を与えてくれた場所。それがカフェだった。カフェとは勿論コーヒーを出す場所でもあるのだけれど、僕の中でカフェとは、同時に「ストリートカルチャーが生まれる場所」でもある。そこはお金持ちのおじさんが若い女の子を連れて来て、生まれ年のワインをごちそうするような場所ではない。お金は無いけれど夢はある人たちが集まり、何かを作りだそうという夢を告白し、実現へ向けて計画を画策する場所だった。そしてそこは、まだ日の目を浴びていない、何か表現をしたい者に、発表の機会を提供する場所だった。同じアンテナを持った者達が集い、そこに集まる者達によって空気が作られていた。だから僕が通った西海岸のカフェは、全然ほっこりなんかしていなかった。時に危険で猥雑な香りもするし、時にドキドキするような興奮に出合える場所だったのだ。
映画『ピニェロ』は、実在する〈ニューヨリカン・ポエッツ・カフェ〉の創設者の一人、ミゲル・ピニェロの半生を描いた作品だ。ピニェロはニューヨークで育ったプエルトリカンをニューヨリカンと呼び、自身のマイノリティーとしてのアイデンティティーを詩や演劇を通して主張し続けた。彼はストリートに溢れるニューヨリカンの代弁者だったのだ。作品中に出てくるポエトリーリーディングのシーン。即興ジャズの演奏をバックに、感情むき出しで詩を詠むピニェロ。文章で読む詩とはまるで違う世界。むしろラップやロックミュージックに近いものを感じる。まるでほっこりなんかしていない。もっともっと強いメッセージがあって、強烈な余韻を残すものだった。そう、ピニェロも〈ニューヨリカン・ポエッツ・カフェ〉も僕が通った西海岸のカフェも皆すべてストリートカルチャーの発信元だったのだ。この映画には、僕が魅力を感じたアメリカのカフェと同じ匂いが漂っている。そして僕はこう思う。ああ、僕が身を置きたいのはこの匂いのする場所だと。