MOVIE 私の好きな、あの映画。
建築家 小林佐絵子さんが語る今月の映画。『つみきのいえ』【極私的・偏愛映画論 vol.116】July 25, 2025
This Month Theme小さな空間で心地よく暮らしている。

小さな部屋にある、“時空を超えた穴”。
設計事務所での修行時代、13.33㎡のワンルームに住んでいた。家族からは「うさぎ小屋」なんて呼ばれていたけれど、都内の駅から30秒、オートロック、2階。物件を選んでいる時間がなかったので便利で安全という優先順位をクリアしていたこの部屋に即決した。玄関を開けたらベッドがあり、それでほぼ終了。天井は少々高く、壁は板張りの腰壁がまわっていた。そしてなぜか部屋の広さに似つかわしくない4口ガスコンロの人工大理石のキッチンが備わっていた。たまの休みに好きな料理をし、ベッドを椅子代わりにして食事や建築士の試験勉強をしていた記憶がある。夢と希望を持って過ごしたあの小さな小さな部屋は、私の城であったし、まだ見ぬ未来に繋がった私だけのはじまりの空間だった。
『つみきのいえ』は加藤久仁生監督による12分間の短編無声アニメーション映画である。この作品と出会ったのはだいぶ大人になってからだが、ひとつひとつのシーンが記憶に残り何度も見返していた作品のひとつである。主人公は老人だ。妻に先立たれた夫の哀愁というよりも、独り身の日々の生活を丁寧に過ごす様子がチャーミングで、温かい気持ちにさせてくれる。
あるとき、海面の推移が上昇したことにより、住まいを上へ上へと積み木のように増築しながら、引越しを余儀なくされる老人。子どもの独立や妻の先立ちなどの家族環境の変化と海面上昇という自然環境の変化に伴い住まいを適応させていく。時間の経過が縦に積み重なり、それらの記憶を部屋の床に穿たれた釣り用の床穴が繋いでいく。住まいが更新されるたび同じ位置に設けられたこの穴は、主人公の老人が、家族との出来事を回想する時間の縦軸を横断する鍵穴にもなっている。
「小さな空間で心地よく暮らす」には、お気に入りのものに囲まれることで喜びや安心感を得ると共に、どこか時空を超えた“穴”のようなものが必要なのではと思ったりする。『つみきのいえ』の床穴のように。修行時代に私が過ごしていた部屋を振り返ると、設計事務所で過ごす刺激的な世界と安息の場を接続していた玄関ドアや、気分転換に料理を楽しむ4口コンロがそれだったのかもしれない。住まいとは、インテリアや機能性はもちろん大事なのだけれど、住まい手が想いを馳せる“穴”をつくることが、生活をより豊かにしてくれるのかもしれない。


『pieces of love vol.1 つみきのいえ』
Director
加藤久仁生
Screenwriter
平田研也
Year
2008年
Running Time
12分
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『pieces of love vol.1 つみきのいえ』
DVD発売中
2,090円(税抜価格 1,900円)
発売元:ROBOT
販売元:東宝
©ROBOT
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illustration : Yu Nagaba movie select & text:Saeco Kobayashi edit:Seika Yajima