LIFESTYLE ベターライフな暮らしのこと。
東京から尾道へ、移住して働く。『うつわとくらしの道具カルフ』店主・樋熊敏亨さんの仕事と暮らし。後編June 04, 2025
社会システムが整ってきたことから、それまで暮らしていた土地から新たな場所へと移住する人が増えてきた。そこでは働き方とともに、生き方にも変化が訪れる。そして、自分にとって大切なこととは何かを考えるきっかけにも。昨年、東京から尾道へと移住をした樋熊敏亨さんに、その過程と今の暮らしの喜びについて教えてもらった。
2025年7月号「素敵に生きる人の、働き方」より、前編・後編に分けて、WEBで特別に紹介します。
のんびりと、好きなことだけをして働く。
尾道に来てから一日の過ごし方にも自然とリズムが生まれた。ランチ兼用の朝ごはんと、夕ごはんは自炊で。
「東京時代はとにかく忙しくて時間に追われていました。おいしいものを食べるのが好きなので、その頃も自炊はしていたのですが、キッチンも狭く今ほどきちんとは作れていませんでした。でも、ここに来てオリジナルでキッチンを造作し、広い調理カウンターができ、大きな冷蔵庫も置けるようになった。オープンになった食器棚から、その日の気分で器を選び、のんびりと朝ごはんを作って食べる時間は、何よりの楽しみです」
そんな樋熊さんのルーティンも教えてもらった。「朝8時頃に起きてメールやSNSをチェックしてから、朝ごはんを作ります。店がある日は夕方まで店にいますが、休みの日はだいたい散歩。片道100円のフェリーに乗って、5分で到着する向島に行って知り合いの店を訪ねることも。尾道は路地が入り組んでいるので、散歩するだけでも楽しいんです。路地を抜けた先に意外な風景が広がっていたりして飽きません。そのあとは夕飯を作って食べたら、一日が終了します」
そのゆったりした暮らしを支えているのが、自らデザインを考えた職住一体の家の存在。「それこそオンラインショップだけならどこででもできますが、実店舗を持つのは自分のなかでとても重要だったんです。17年間、北欧に特化したライフスタイルショップをやってきて、店を運営する面白さだけでなく、お客様に実際にものを見て喜んでもらえる場所の大切さも知っている。だから迷いなく、店もできる物件を選びました」
ここは空き家バンクから紹介され、3軒目で成約。敷地の広さ、平地であること、繁華街からの距離といったトータルバランスがもっとも良かったのだという。
「改装は工務店と相談しながら“器と暮らす”をテーマに、自分で設計しました。もともと古い家なので、その良さを生かしつつ、自分の持っている洋のものと合うようにしたいなって。店はグレー、住居部分は白を基調にしています」
心がけたのは古いものと新しいものの調和だが、それは尾道という街を選んだ理由や、店で扱う品にも共通している。
「店にある北欧ものは、フィンランド〈アラビア〉を中心とした1970~80年代のヴィンテージ。一方、日本の器は現代の作家や窯元のもの。どれも自分で使ってみて、使い勝手が良かったり、造形として美しかったり、料理が映えたりする作品を集めています。新旧を取り入れながら一緒に育っていくライフスタイルが好きなのだと思います」

また、樋熊さんいわく「中国四国地方は北欧ものを扱う店があまりない」そう。「そもそも物販店自体が多くなく、雑貨を売っている店も少ない。そういう意味でも実店舗は大事にしていきたいです」
縁もゆかりもなかった尾道への移住。けれど、特に不安はなかったそう。それは、自分の気持ちに添う場所を探し当てたという自信があったからともいえる。生き方や働き方を変えるには、何を心地いいと思うのかを見つめ直すことから始まる。そこには、新たな土地への移住という選択肢もあることを教えてくれる。
樋熊敏亨『うつわとくらしの道具カルフ』店主
音楽レーベルの制作を経て、2006年にオープンした東京・吉祥寺のライフスタイルショップ『フリーデザイン』の立ち上げから運営に携わる。2024年8月に尾道・長江で自身のショップをスタート。
photo : Masanori Kaneshita illustration : Isabelle Boinot edit & text : Wakako Miyake