MOVIE 私の好きな、あの映画。
極私的・偏愛映画論『ムーンライズ・キングダム』選・文/名久井直子(装丁家、ブックデザイナー) / October 21, 2017
This Month Theme時を超えて心に響いてくる。
色も、ファッションも、風景も。素敵な情景が心に残り続ける。
誰かに何を言われたら一番きゅんとくるだろうか。その答えは映画『ムーンライズ・キングダム』が教えてくれました。アメリカ北東部のニューイングランド沖に浮かんでいるとても小さな島、ニューペンザンス島。この小さな島を目指して駆け落ちするかわいらしい二人。サムは「カーキスカウト」(ボーイスカウト)の団員である12歳。一方ばっちりメイクで大人びたスージーも12歳。ある日、子どもたちが教会で繰り広げる演劇で二人は出会い、一瞬で恋に落ちるのです。そこから文通が始まり、お互いのことを伝えあいながら、文通の終わりは駆け落ちの約束へ……。草原で落ち合った彼らは、「カーキスカウト」の知識を活かしながら、目的地へ向かうのですが、キャンプの知識を大人びた様子で繰り出すサムと、子猫やレコードプレイヤー、数冊の本といった、実用から乖離したものばかり運んできたスージーの対比も可愛らしく。スージーはいつも首から双眼鏡を下げていて、双眼鏡を通していろんなものを見ている様子。キャンプをしながらサムが「なぜ双眼鏡で見るの?」と聞くと、スージーは「近くに見えるからよ。遠くない物も。わたしの魔法のつもり」と答えます。幼い二人の逃亡劇の途中、ボートが発進したのにもかかわらず、その大事な双眼鏡をある場所に置いてきてしまったことに気づいたサム。岸に戻り、危険をかえりみずに取りに戻ろうとします。止める声に「だめだ! 彼女の魔法だから」と叫ぶ彼。これ、これでした! なんて心を揺さぶる言葉なんでしょう。心の大事な部分をわかって、守ってくれる彼の格好よさ! この一言だけで、サムはわたしの理想の人トップ3に君臨し続けています。全体を通して、見たかったけど見られなかった夢のようなテイストにうっとりしてしまいます(現実ではありえないよー!と思うところもたまにあって、そこもなんだか夢っぽいんです)。ウェス・アンダーソン監督作品なので、色も、ファッションも、風景も、すみずみまで素敵さが詰まったこの映画。観終わったあとは、『ムーンライズ・キングダム』の情景が心に残り続けることと思います。