LIFESTYLE ベターライフな暮らしのこと。
“石拾い”を通して、時間の旅へ。私のひとり時間の楽しみ方。August 06, 2025
時間を忘れて目の前のことに夢中になったり、自然に囲まれて思い切り心と体を解放したり、内なる声を聞き、思いのままに過ごす時間は、心と体のメンテナンスのために必要なこと。
&Premium特別編集(2023年12月発売)「私の好きな、ひとりの時間」より、宮田・ヴィクトリア・紗枝さんのひとり時間の過ごし方をwebで特別に紹介します。
自分の審美眼を自ら問い、養う、ピュアなもの選び体験。

国内外の伝統素材や製法、手仕事を取り入れ、服作りを行う〈キタン〉の宮田・ヴィクトリア・紗枝さん。定番のグレーのスウェットは、インドネシア・バリ島の鉱石を使った染料で彩土染めされたものだ。彼女の“石愛”は、幼少期に遡る。
「4〜5歳の頃から恐竜が好きで、化石や鉱物に興味がありました。石の模様に悠久の歴史を感じたり、キラキラ光るのを眺めたり。当時は水晶やアンモナイトの化石を買ってもらっていました」
それからも石への興味は持ち続けるものの、本格的に再燃したのは新型コロナウイルスが蔓延し始めた頃。空いた時間に多摩川へ散歩に出かけたのがきっかけだという。
「東急東横線の線路下の河原でも、魅力的な石がたくさん落ちていたんです。大胆な模様が入っているもの、形が面白いもの……自然物と向き合う時間は本当に大切だなって。昔の人や未来の人とも『きれいだよね』と通じ合えるような、石の普遍的な美しさに改めて気づいたんです」
石拾いスポットは自分で調べつつも、仕事柄、全国の卸先を訪れるため、各地で人に聞いて知ることも多いそう。そうやって情報を地図にまとめ続けた宮田さんの“石マップ”には、新潟県糸魚川市のヒスイ海岸や、青森の七里長浜など、全国20か所ほどの海岸や河原が記されている。今回訪れた菖蒲沢海岸もそのひとつ。
「石はその土地を表すもの。火山や地形の影響を考えるのも好きです。民芸の器に各地の土を感じるように、石からも伝わります。全国各地の石拾いスポットを訪れては、気持ちいい海や河原で石を拾って、その土地に思いを馳せ、おいしいごはんを食べる。我ながらいい趣味だなって(笑)」
石を手に入れるだけではなく、“石を拾う”行為そのものがいい体験、と宮田さんは続ける。
「石はただそこに落ちているだけ。服や小物のように、ブランドの背景やストーリーを知って選べるわけではなくて、石を拾う側が価値や意味をすべて見いだす必要があります。まさに玉石混交のなかで、自分の感覚を問われる経験です。自由に拾えるからこそ、センスが出る。そう思うと拾っている間は集中して、無心になれるんですよね」
まずは一気に海岸を歩いて、それぞれの場所の石の特徴を感じながら拾い、選別する。石はそれなりに重さがあるゆえに、最終的には手で持てる程度まで絞っている。出張先では10分ほどの限られた時間だけで、一気に集中して拾うこともあるそう。「より意識的に選ぶようになるから、制限があるのはいいこと」と教えてくれた。そうやって拾った石はもっぱら部屋に飾り、集めている民芸品とともに空間に溶け込んでいる。

「造形的に面白いのはもちろんですが、石を通して自然の年月を感じたり、『あの場所で拾ったなあ』と思い出す時間が楽しい。家の中にいても旅を感じられるというか。物理的に遠い地を思い出すだけでなく、時を渡れるのもいいですよね。あと、空間の中で石が放つ存在感って、どこか特別なものがあると思うんです。例えば止め石。神社仏閣などでよく見られますが、小さな石に縄を巻いて置いてあるだけなのに、『ここから先は入っちゃいけない』ってすぐにわかる。逆に少し動かしただけで結界が解かれて、空気が緩む。ちょっと手を入れて、置き場所を考えるだけで、ただの石がそんなふうに感じられるのが興味深くて。単純に形もかわいくて、まげを結った頭みたい」
いつかは自分の拾った石で止め石を作ってみたい、と宮田さんは目を輝かせていた。
宮田・ヴィクトリア・紗枝 Sae V. Miyata〈キタン〉デザイナー
1990年アメリカ・シアトル生まれ。大学卒業後、様々なファッションブランドの現場で経験を積み、2021年よりユニセックスブランド〈キタン〉をスタート。
photo : Ayumi Yamamoto