MOVIE 私の好きな、あの映画。
菓子研究家の田中博子さんが語る今月の映画。『メアリー & マックス』【極私的・偏愛映画論 vol.97】December 25, 2023
This Month Themeおやつの時間が素敵に描かれている。
遠く離れたふたりの心を結ぶ、“自分の好きな味”。
『メアリー&マックス』は、私が暮らしたオーストラリアのメルボルンとニューヨークが舞台の映画です。近所の町が舞台になっていることにも、ぐっと親近感が湧きました。はじめは寂しいストーリーだなと思いましたが、観続けるうちに、人間の複雑な心情をユーモアたっぷりに描いた世界観に魅了されました。なおかつ、話の途中に出てくるお菓子も面白く、笑いあり涙ありの大好きな映画になりました。
メルボルン都心部に高層ビルがありますが、少し離れると高い建物は少ない環境です。映画にでてくる風景は、私にとって見慣れた日常の風景と重なる部分があります。オーストラリアに住むいつもひとりぼっち女の子、メアリーとニューヨークに住む人付き合いが苦手な44歳のマックス。人生に苦しみを抱えるふたりの心を繋ぐのは文通です。手紙にお菓子を同封して送り合う、20年の絆の物語が紡がれています。
チョコレートホットドック、コンデンスミルク。そして、オーストラリアの代表的な菓子であるラミントン、チェリーライプチョコレートも登場。現在もスーパーで売られているので真似して買ってみたことも。私にはとても甘すぎて食べきれませんでしたが、“おいしさの感覚”は人ぞれぞれですよね。それを理解できたことは、いろんな人種が混じり合うオーストラリアに住んでみた最大の収穫であり、世界には自分の知らないさまざまな味があるということです。
自分のお気に入りのお菓子を送りあうふたりは、自分の好きな味を共有することの喜びを感じ合います。彼らを観ていると、お菓子そのものが“励ましのメッセージ”に感じられ、心が温まります。人生は辛いことや寂しいことも次々に起こるけれど、お菓子がその暗い気持ちを明るくし、救ってくれる。人それぞれの“自分の好きな味”が心を満たし、幸福を呼ぶということに気付かされます。お菓子の仕事をして20年以上が経ち、私のお菓子で救われる人がいることもあるのかなと、そうできたら嬉しいなと。心に届くおいしさを作りだすことができたらという想いで、日々お菓子を作っています。
illustration : Yu Nagaba movie select & text:Hiroko Tanaka edit:Seika Yajima