MOVIE 私の好きな、あの映画。
極私的・偏愛映画論『シェルブールの雨傘』選・文 / 堀内隆志(「cafe vivement dimanche」オーナー) / March 25, 2019
This Month Themeスタンダードな名作だと思う。
映画同様に、ミシェル・ルグランの曲もスタンダード。
今年の1月、フランスの作曲家ミシェル・ルグランの訃報がニュースになり、SNS上でも大きな話題となった。彼の代表作でまず挙げられるのが音楽を担当した『シェルブールの雨傘』だろう。年に一度のフランス詣をしていた30年前に、パリの蚤の市でサウンドトラックのLPを購入したのが、この映画との出合いだった。当時は映画音楽のレコードを集めていたから、音から映画を知ることは珍しいことではなかったが、この音楽体験は、ことさら強烈なものだった。喜びと愛情、哀しみといった感情がルグランのうっとりするような美しい旋律と洒落たアレンジで表現されていた上に、自分好みのジャズやラテンの要素も散りばめられていたからだった。その歌詞が全て台詞だと知るのは、映画を体験したときだった。初めて観た映画『シェルブールの雨傘』は聴き込んだレコードの歌詞を字幕で読むという行為がやっとで、主演のカトリーヌ・ドヌーヴの美しさが際立っていて切ない恋愛映画だったことくらいしか記憶になく、長編のミュージックビデオを観ているような感覚だった。あまりに劇中の情報量が多かったので、その後2回目、3回目と繰り返し観るようになって、鮮やかな色彩を使った衣装やセット、ストーリーの細かいディテールまで目が行くようになった。
自分的ハイライトといえば、マルク・ミシェル扮する宝石商ローラン・カサールが昔好きだった人を回顧するシーンだ。実はカサールはジャック・ドゥミ監督の長編デビュー作でルグランが音楽を担当した『ローラ』にも登場し、好きだった踊り子のローラに振られ、傷心の中旅に出て行ってしまった。その数年後に宝石商として成功し『シェルブールの雨傘』に再び登場する。人生のどん底から這い上がってきたカサールはドヌーヴ演じるジェヌヴィエーヴと結婚することになり、カサール目線ではハッピーエンドとなるわけだが、メインストーリー上では、これが悲しみを生む結果となるわけだ。このシーンで数秒映るのが『ローラ』の舞台となったナントにあるパッサージュ・ポムレで、ここで流れる曲は『ローラ』のメインテーマとなった曲。『シェルブールの雨傘』では「カサールのプロポーズ」という曲名になり、英語タイトルでは「ウォッチ・ホワット・ハプンズ」として多くのミュージシャンにカヴァーされ、映画同様にスタンダードとなっている。ブラジルの国民的歌手エリス・レジーナもフランス語で録音した。
『シェルブールの雨傘』は主人公2人の恋愛物語としても十分成立する名作であるが、そこにカサールのストーリーを加えることによって、どの目線で物語の中に立つかにより、観る者の心に広がる感情が変わってくる映画でもあるところが面白い。また、誰しもが抱える、受け入れなければいけない現実の人生があるということもこの作品は、教えてくれる。