MOVIE 私の好きな、あの映画。
極私的・偏愛映画論『満月の夜』選・文 / Yuko Kan(木版作家) / January 25, 2021
This Month Themeくつろげる部屋に整える。
部屋の壁をグレーに塗る妄想が膨らむ。
部屋の壁をいつかグレーに塗りたい、という密かな願望が私にはある。残念ながら今までそんなことが可能な物件に巡り合っておらず、この先も叶う日が来るのかどうかは分からない。この妄想はエリック・ロメールの『満月の夜』を観た日から始まった。
パリの郊外で建築家の恋人と暮らすルイーザがこの物語の主人公。ルイーザが仕事先のパリに密かに自分の部屋を持つところからこの物語が始まる。一人の時間が必要だと言いながらボーイフレンドと会ったりパーティに出かけたり、自由な時間を謳歌するルイーザ。今見返すとなんと我儘な、と苦笑いしてしまうのだが、当時私は東京でそれまで一緒に住んでいた姉と離れ、一人暮らしを始めたばかり。インテリアの仕事をしているルイーザのファッションや生活にすっかり心を奪われてしまった。
机の上に開いた本がディスプレイされていたり、扉にさりげなくかかったストールの色が綺麗だったり、朝一人の部屋で目覚めたルイーザがベッドの上にコーヒーとカセットテープを2本運ぶシーンなんか妙にリアルでニヤリとしてしまう。こうやって自分の時間にどっぷり浸かっている時の幸福感がとてもよくわかる。インテリアショップで彼女が買い物をするシーン、選んだアールデコ調のポットが可愛くて、こんな風に一つ一つものを選んで、部屋を自分の好きな空間にしたいと当時強く思ったのだった。
驚くのはこれらの室内の装飾などは、ルイーザ役のパスカル・オジェ本人が手がけていること。妙に映画の中の彼女の生活をリアルに感じたのはそのせいかもしれない。この映画が公開されたすぐ後、若干25歳という若さでパスカル・オジェは他界してしまうのだが、そんな儚さも魅力的で彼女の才能に私は憧れたのだ。
話の内容もロメールならではの皮肉がたっぷり。ルイーザの自分勝手な幼さは恥ずかしながら当時の自分とリンクして、この作品は私にとって少しむず痒い、遅くやってきた青春映画のようだった。
そんな20年の東京生活を離れて1年が経つ。不思議なもので今は一人の時間が欲しい、夜遊びしたいという気持ちは何処へやら。でもパリのグレーの壁の部屋に住む彼女を思うと、いつでもその時の憧れが蘇る。やっぱりいつかは部屋の壁を塗ってもいい。部屋を整えてうっとりする時間をいつまでも大事にしたいものだ。