MOVIE 私の好きな、あの映画。
極私的・偏愛映画論『ジョンとメリー』選・文 / 森岡督行(『森岡書店』店主) / May 25, 2019
This Month Theme“暮らしの器”を大切にしたくなる。
「ふつう」に基づいたもの選びに心ときめく。
2017年に神楽坂の「一水寮」で開催された『生活工芸の作家たち1「ふつう」』では、安藤雅信さんと辻和美さん、三谷龍二さんの作品が展示販売され、たくさんのお客様が駆け付けました。安藤雅信さんは陶作家、辻和美さんはガラス作家、三谷龍二さんは木工デザイナーと、それぞれ素材は違いますが、実際に使うことを考えたシンプルなデザインが特徴です。この展覧会が、他の工芸の展覧会と少し違ったのは、会場の一角に小型のスクリーンが置かれ、お皿やコップに交じって、映画が上映された点にありました。その映画は、ピーター・イェーツ監督、ダスティン・ホフマン主演の『ジョンとメリー』。男女が出合い、一夜を共にし、名前を教え合うまでの丸1日を描いた映画です。1969年の公開。ダスティン・ホフマンはインテリア・デザイナーという役どころでした。
いったいどうしてこの映画が上映されたのか。そう思ってギャラリーの方に訊いてみると「生活工芸の作家の何人かは、同時期にこの映画を見て、主人公が住む、ニューヨークのアパートにある家具や器に憧れた」とのこと。何という偶然。では、憧れる理由はどこにあったのでしょうか。実際に“暮らしの器”という観点から見てみると、ふたりが朝起きて、珈琲を淹れるケメックスや白いシンプルなカップ。白を基調にした壁紙とランプシェード。窓際の多肉植物の鉢や折りたたみ式のイスなどが目に留まります。この部屋にあるものは、所謂「ふつう」に基づいたもの選びがされていて、使うことを考えたシンプルなデザインが感じられるのです。確かに映画を観た人の多くは、こう思うのではないでしょうか。「このアパートに住みたい、あの器を使ってみたい」と。
ふたりは、一日のうちにも心の探り合いや嫉妬を経験するのですが、最後の展開から、翌朝もケメックスで珈琲を淹れ、白いカップに注いだことが予想されます。そうして、何のけない白いカップが、ふたりにとっては大切なものになっていく。器を大切にする暮らしと、そこから生じるコミュニケーションがいかに素敵か伝わり、偶然は必然だったのだと思い至りました。