INTERIOR 部屋を整えて、心地よく住まうために。
屋内外が一体化した 風通しの良い家。建築家・山田紗子Enjoy Life at Home 02 / December 25, 2020
心地よい暮らし方の基本はなんといっても住まい。在宅ワークも含めて自宅時間が増えた昨今、 大切なのは住まいそのものを楽しむこと。一年の締め括りに、または新たな年のスタートに、自身の住まいを見直してみませんか。自宅の空間に様々な工夫を施し、 「住まいを楽しんでいる」13組の人々を訪ねた、2020年11月発売の特集「住まいを楽しむ、暮らし方」より、建築家・山田紗子さんの住まいをご紹介します。
空間と3世代の家族が ゆるやかに繋がっていく。
東京の住宅街の三叉路の角地に、独特の雰囲気を醸し出す家が佇んでいる。鉄骨と木々の緑が絡み合う様子は、雑木林のようでもあり、近未来の雰囲気でもある。住人は、建築家の山田紗子さんと夫、息子、そして山田さんの両親という3世代2世帯。
この家を訪れた人はまず、2階の入り口へと案内される。外側の鉄骨の階段を、林の中を歩くように上ると、ダイニング&キッチンルームにたどり着く。この部屋には上下に向かう階段があり、上れば山田さんが夫と7歳の息子と眠る寝室が、下りればリビングがある。リビングの奥には母の仕事部屋と寝室があり、さらに階段を下りた半地下には、バスルームと父の個室がある。建築的には2階建ての一軒家だけれど、全体的には4層の構造になっているのだ。父と母以外の家族に個室はなく、各フロアは階段でゆるやかに繋がっている。例えば息子が遊んでいるとき、家に4人いる大人たちは特に相談することもなく、かわりばんこに相手をしている。夕飯をみんなで集まって食べる以外、家族で団欒の時間を持とうという意識もない。家族はみんな、その日、その時間によってそれぞれの居場所を見つけて過ごしているのだそうだ。山田さんはこの家を、ルワンダの森で見た、マウンテンゴリラの群れをイメージして造ったという。大人ゴリラたちは森林の中のぽっかりと空いた茂みでそれぞれくつろぎ、子どもゴリラたちは木の上に登ったり走り回ったりしていた。木々や草、地形の凹凸によるたくさんの線がゴリラの群れを包みこみ、その様子はまるで家の中で過ごす家族の風景だった。自分たち家族の生活もこのようにさまざまな線で柔らかく包み、その環境で家を成り立たせることはできないだろうか。そこで構造材も家族の持ち物もすべて露出させ、その重なる層が快適な密度をつくりあげるように家を建てた。建築部材や材の張り合わせ部分などがすべて可視化されているのも、大きな特徴。
「2011年の震災で感じたのは、目に見えないものへの不安。それまでもなんとなく感じていたことを確認したんです。それでこの家を建てるときは、配線も建築構造も、できる限り目で見てわかるようにしました」。電気の配線なども、天井板を張って隠すことなく剥き出し。
「雨が降ると屋根に落ちる雨粒の音がもう大音量。普通は天井裏の空間が外の音を遮断しているんですね。住んでみて初めてわかりました」
窓も大きいから、台風のときは風や雨も間近に感じる。屋外の環境と常に繋がっている緊張感はあるけれど、それは都心にいながらにして自然を感じられているということでもある。「前はもっと都心寄りのマンションに住んでいました。住みやすさで言えば、新築のマンションのほうがずっと便利です。だけど、天気の変化すらわからないくらい自然の脅威からあまりに遠くて、感覚が麻痺してしまう気がして」
そういうことも含めて、環境を整えることがこの家づくりのコンセプトだった。庭と家の中の空間が混ざり合って一体化し、土も風も水も循環していくようにしたい。
「庭って独特の時間を持っていると思うんです。日々、花が咲いたり芽が出たり、勝手に生えてきた植物に虫が来て、その虫を食べに鳥が来て。それを見ているだけでも、世界の広がりを感じられる気がする」
数年後はきっと庭の緑はさらに豊かに成長し、息子がひとりで過ごす時間は増え、大人たちの働き方は変わっているかもしれない。だけどきっとそれぞれに居場所を見つけ、一緒に暮らしているはず。仕切りも固定場所もないフレキシブルな家は、年月による家族の変化にも対応できるという懐の深さがあるから。この家のおかげで今、家族はあの日に見たゴリラの群れのように心地よく暮らしている。
山田紗子 建築家
Suzuko Yamada
1984年生まれ。慶應義塾大学、カリフォルニア大学でランドスケープデザインを学ぶ。東京藝術大学大学院美術研究科建築専攻修了。藤本壮介建築設計事務所勤務後、自身の設計活動を開始。現在、山田紗子建築設計事務所代表。明治大学理工学部建築学科、ICSカレッジオブアーツ非常勤講師も務める。日本建築設計学会賞大賞、吉岡賞などを受賞。
photo : Akiko Baba text : Shiori Fujii edit : Chizuru Atsuta