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ヴォーカリスト・ナレーター 勝沼恭子さんが語る今月の映画。『めぐり逢わせのお弁当』【極私的・偏愛映画論 vol.102】May 25, 2024

This Month Theme料理をしたくなる。

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料理を作るには、“魔法”も必要。

インド西部の大都市ムンバイには、英領植民地時代から続いている驚異のお弁当宅配ビジネスがある。その名は「ダッバーワーラー」。毎朝配達員が利用者のお弁当箱を集荷し(その数約17万5千個!)、蓋に書かれた記号だけを頼りにランチタイムまでに利用者の職場まで配達するのだ。ハーバード大学の教授が検証したところによると、配達ミスの確率は600万個に1つ!この映画は、その配達ミスによって孤独だった美人妻のイラと、妻に先立たれた定年間近の会計士サージャンがペンフレンドになる物語。 
 映画の冒頭から、イラが上の階に住むおばさんと大声でやりとりしながら、インドのリアル愛妻弁当を超特急で仕上げる一連の動きに眼を奪われる!彼女の作ったお弁当が17万5千個の1部になって通勤ラッシュの列車に乗せられ、カオティックな街に出ていく風景も、まるで夢の中に出てくる辻褄の合わない世界に迷い込んだようで素敵だ。
 配達ミスは600万分の1のはずだが、お弁当はある日からイラの夫ではなく毎日サージャンの所へ届くようになる(神様のイタズラ?)。彼女の作る4段重ねのお弁当箱は、日替わりカレーと素材を生かした野菜のおかず、バスマティーライス、チャパティーというインドのパン(ここに手紙を挟んで忍ばせる!)が1段ずつ詰められる。検索すると、この映画に出てくる料理のレシピを公開しているインド人ブロガーさんが数人いた(やった!)。私は特にゴーヤのスパイス詰めと、プリッとした小ナスの料理が気になったので、今度作ってみたいと思う。

 物語の中盤、イラは夫の浮気を知り、関係修復より自分の夢を実現しようと動き出す。サージャンは社交的な後任のシャイクを煩わしく思っていたが、彼は実は孤児で、かなりの努力を重ねてこの職場に採用されたことを知らされ態度を改める。
ある日サージャンは、イラのお弁当をシャイクに味見させるのだが、その味に彼は涙ぐみしばし言葉を失った後、「料理は誰にでも作れますが、魔法が必要ですよね」言う。親がなく、場所を転々としながら生きてきたシャイクに、料理の魔法を信じさせたのは、どんな経験だったのだろう?

ドキュメンタリー的な長回しのリアルな映像と手紙の朗読で綴られるフィクションの世界が交差する。「間違った電車が正しい場所にたどり着くこともある」。この言葉は、登場人物それぞれの希望を後押しする。映画のラストで配達員達が列車の地べたに座り、短い言葉に節をつけて繰り返しながら手拍子とともに歌うシーンは印象的。

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孤独の中で、今ある生活をなんとか維持していた登場人物(イラ、サージャン、シャイク)が、「お弁当」を通して繋がり、未だに根深く残る差別、広がる格差を超えて、自分の人生を取り戻していくストーリー。ダッバーワーラーの仕事ぶり、お弁当の文化、インドの家庭料理の奥深さをドキュメンタリー風に見せる手法は、インド第2の大都市ムンバイをよりリアルに感じ、いつか、3人の登場人物が一緒に温かい料理を囲む日が来て欲しい!と心から願ってしまう。
Title
『めぐり逢わせのお弁当』
Director
リテーシュ・バトラ
Screenwriter
リテーシュ・バトラ
Year
2014年
Running Time
105分

illustration : Yu Nagaba movie select & text:Kyoko Katsunuma edit:Seika Yajima


ヴォーカリスト・ナレーター 勝沼恭子

神奈川県出身。幼少期よりピアノと合唱を学ぶ。大学卒業後、CM音楽プロダクションに入社、三宅純、菅野よう子、中川俊郎、近田晴夫、鈴木慶一らの作品に参加。2005年よりパリに拠点を移し、アートカルチャーマガジン『SOME/THINGS』のモデルやヴィム・ヴェンダース監督による3Dインスタレーション『もし建物が話せたら』(日本バージョン)』のナレーションに参加。三宅純率いる多国籍バンドの一員として様々な国で演奏活動をする。2019年にはファーストアルバム『COLOMENA』をリリース。2020年コロナの為パリより帰国、2024年よりニューヨークに拠点に活動をする。

kyokokatsunuma.com

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