BOOK 本と言葉。

『蕪木』店主・蕪木祐介さんが選ぶ、コーヒーがもっとおいしくなる読書案内。November 29, 2025

『蕪木』店主・蕪木祐介さんが選ぶ、コーヒーがもっとおいしくなる読書案内。

喫茶店で読んでほしい コーヒーが愛おしくなる本。

〈大倉陶園〉の金彩のカップ&ソーサーに注がれる、ネルドリップで丹念に抽出した艶やかなコーヒー。その日本らしい喫茶の世界観が多くのファンに愛されるコーヒー店『蕪木』。自身も「喫茶店で本を読むのが大好き」と語る店主・蕪木祐介さんが、〝読めばコーヒーの香りがする〞本を選んでくれた。『モカに始まり』は、自身が敬愛する『珈琲美美』の店主、故・森光宗男さんの名著。「福岡の『珈琲美美』は僕が深煎りに惹かれるきっかけになった大切な店。この本は森光さんがインターネットもなかった時代にエチオピアを旅し、自分の目と耳、足でコーヒーのルーツを探った旅行記。生前、森光さんは〝ルーツを知ることが大切〞と仰おっしゃっていましたが、すべての事象に通じる言葉だと思う」
『大坊珈琲店のマニュアル』は、南青山に存在した珈琲店の店主・大坊勝次さんの随筆集。「自分の店を開く前、コーヒー店はいろんな心持ちのお客様が訪れるので、〝お久しぶりです〞とは言わない、という一文にハッとさせられました。思い思いの時間を過ごしてもらうための静かなホスピタリティというか。誰が読んでも多くの共感や発見がある本です」
 そしてページを開くと「記憶が降ってくる」という詩集が『珈琲夜船』。「とても余白のある詩で、香りや音、色などコーヒーの断片がちりばめられ、記憶の引き出しから様々な情景が蘇ってくる。電車の中などでなく、ぜひ喫茶店で読んでほしい詩です。『珈琲のこと』は焙煎士の狩野知代さんが自身の店の周年記念に制作した寄稿集。どの文章にも愛が溢れていて、コーヒーは楽しくて愛おしいもの、と思えます」
 そして「自分がエチオピアを訪問して感じていた思いが言語化されていて、深く考えさせられる」と語る『うしろめたさの人類学』は、文化人類学者の視点を通してコーヒーの生産国を見つめることができる一冊。
 数多あるHOW TO本ではなく、どれもレシピのような数値で測れない魅力を持った本ばかり。「もっとコーヒーは自由でいいはずだから」と蕪木さんは語るのだ。

『蕪木』店主・蕪木祐介さんが選ぶ、コーヒーがもっとおいしくなる読書案内。

『モカに始まり -産地紀行編-』 森光宗男 著 手の間
福岡の名店『珈琲美美』のマスター、故・森光宗男さんがモカコーヒーの香りの源を探るため、コーヒー発祥の地であるエチオピアとイエメンの産地を巡った熱量に満ちた旅の記録。「おいしさのルーツを愚直に探求する姿に感銘を受けます。情熱や愛情、優しさが伝わってきて、読むとコーヒーが恋しくなる一冊」

『大坊珈琲店のマニュアル』 大坊勝次 著 誠文堂新光社
2013年に惜しまれつつ閉店した南青山の名店『大坊珈琲店』。焙煎、抽出、接客への考察など、38年間の営業の軌跡を店主・大坊勝次さんが端正な筆致で綴る。「どんな心持ちで珈琲屋を営むべきか、とても刺激を受けた本。一人の店主の生き様を垣間見ることで、コーヒーや喫茶店がより深く理解できます」

『珈琲夜船』 菅原 敏 著 雷鳥社
「コーヒー片手に、見知らぬ夜の海に漕ぎ出す〝小舟〞のような詩集を作りたい」という構想から生まれた31編。地名、色、香りと、ふと登場するコーヒーの気配に導かれながら、夢と現
うつつの間を浮遊する。「丁寧に淹れたコーヒーを味わいながら、喫茶店の静かな時間帯にゆっくり、ぼんやりと読み進めたい詩集です」

『珈琲のこと』 狩野知代 ほか著 藤原ゆきえ 編 グラウベルコーヒー
今年8月、世田谷の自家焙煎コーヒー店『グラウベルコーヒー』の店主・狩野知代さんが店の9 周年を記念して制作したZINE。作家や写真家ら店にゆかりのある多彩な16人が寄稿。「狩野さんはコーヒーにとても誠実に向き合っている方。好きな挽き方、淹れ方など具体的な表現が多くて、筆者の方々の愛を感じます」

『うしろめたさの人類学』 松村圭一郎 著 ミシマ社
貧困、格差といった不均衡に抱く「うしろめたさ」から生まれる行為が、断絶した社会を繋ぎ止める。エチオピアの農村での生活から文化人類学者が導き出した、構築人類学の名著。「訪問者でなく住民の側面から生産国を捉えた文章に、既成概念が覆されます。通常のコーヒー本では知り得ないものが見えてくる本です」

選 蕪木祐介『蕪木』店主

大学在学中、盛岡で喫茶店の魅力に触れ、独学で自家焙煎を始める。菓子メーカーに入社しチョコレートの製品開発を学び、2016年、蔵前に自家焙煎のネルドリップコーヒーとチョコレートの店『蕪木』をオープン。著書に『珈琲の表現』(雷鳥社)などがある。

photo : Shinsaku Kato styling : Maki Takeuchi text : Yoko Fujimori

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