Interior

パリに暮らすイラストレーターの冨樫鮎美さん。デザインや工事も自分たちで行った〝手作りエコハウス〞。April 07, 2024

パリやその周辺に暮らす34組の住まいを訪ねて、部屋づくりの秘訣と、そこに詰まったベターライフのヒントを追いかけた特別編集MOOK「&Paris パリに暮らす人の、部屋づくり」。その中からここでは、イラストレーターの冨樫鮎美さんの住まいを特別に公開します。

数年前に完成したキッチン。ガラス屋根は特注品。手前にリビングがあり、ガラスドアを仕切り用に設置。ドアは1930年代のカフェのもの。元工場を半分に仕切り、半分を鮎美さんが購入した。
数年前に完成したキッチン。ガラス屋根は特注品。手前にリビングがあり、ガラスドアを仕切り用に設置。ドアは1930年代のカフェのもの。元工場を半分に仕切り、半分を鮎美さんが購入した。

DIYならより安く、自分好みに改装できる。

 パリ19区、アフリカ系移民が集まる地区に住む冨樫鮎美さん。2011年に購入した家は、以前アフリカ人向けの洋服を作る縫製工場だった。

「ガラス屋根からさんさんと光が入る家に憧れて、1階か、屋上の物件を探していました。というのも、パリには集合住宅が多く、庭付きや一戸建ての物件が少ないから。3年かけて探し、中庭に面するこの家をようやく見つけました」

 パートナーのニコラ、DIYが得意な義父、鮎美さんの3人で、ぼろぼろだった工場の内部を壊し、床、天井、屋根を造り直した。近くに部屋を借りて工事を続け、2年後にようやく住める状態になった。

 キッチンは数年前に造り直した。ガラス天井はニコラとデザインし、友人のメタリエ(鋳物や鉄を専門に扱う工房)に発注。キッチンとリビング間の仕切りのドアは、義父邸の倉庫にあったものを取り付け
た。

「2013年に越してからも、少しずつ改装を続けています。工事自体は難しくはありませんが、素材選びなど、何かと決めることが多く、決断することが難しいですね。このキッチンができるまで、キャンプのような状態で料理をしていたんですよ。いつになったら改装が終わるの、と喧嘩をすることもありました。集中的にプランを考え、取り組み、終わらせないと、とは思うのですが、仕事もありますし。なかなか思うように進みませんね。実はまだ、玄関らしいスペースがないんです。以前キッチンがあったデッドスペースに玄関を造りたいのですが、彼はいらない、と。意見が対立中です(笑)」

 小さい頃からファッションが好きだった鮎美さんは、高校卒業後、パリのスタジオ・ベルソーのファッションデザイン科に留学。卒業後、〈クロエ〉〈キャシャレル〉でプリントやイラストを手がけ、そのあと〈ボンポワン〉でアクセサリーデザインを担当。「ボンポワンの時代は、フリーのイラストレーターの仕事もあったので、とても大変でしたね」

中庭にテーブルと椅子を置き、夏はここでティータイムを楽しむ。
中庭にテーブルと椅子を置き、夏はここでティータイムを楽しむ。
ワードローブはセカンドハンドが中心。スカートはワンピースを切ってリメイクした。「楽な服装が好きです。自転車に乗るから、パンツスタイルも多いですね」。グリーンがいっぱいの中庭は隣人と共有。鮎美さんは朝顔や柚子の木を育てる。
ワードローブはセカンドハンドが中心。スカートはワンピースを切ってリメイクした。「楽な服装が好きです。自転車に乗るから、パンツスタイルも多いですね」。グリーンがいっぱいの中庭は隣人と共有。鮎美さんは朝顔や柚子の木を育てる。
猫のスズキさん(♀)。
猫のスズキさん(♀)。
チェストにはお茶、粉類、クッキーの型などが。上の棚も自作で、ノルマンディーで塩やピクルス入れに使われていた、古いポットを置く。
チェストにはお茶、粉類、クッキーの型などが。上の棚も自作で、ノルマンディーで塩やピクルス入れに使われていた、古いポットを置く。
ニコラの実家がある、ノルマンディー地方のヴィッドグルニエで購入した棚。マッチやろうそく、碁石などこまごまとしたものを収納。
ニコラの実家がある、ノルマンディー地方のヴィッドグルニエで購入した棚。マッチやろうそく、碁石などこまごまとしたものを収納。
パリ 冨樫さんイラスト1

エコロジーとエコノミーを 大切にした住まい。

ニコラとの出会いは、友人宅でのパーティ。2007年から同居を始め、法律婚はせず、パックス(連帯市民協約)を選んだ。家族は一人息子と、猫一匹。内装はプロダクトデザイナーであるニコラと、話し合いながらデザインをする。最近の工事は子ども部屋で、取材で訪れた日の1週間前に完成したばかり。

 建材には、工事現場からもらった古い木材や、メタリエのデッドストックなどの素材を駆使している。家具はボンコワン(個人売買のサイト)、ヴィッド・グルニエ(フリーマーケット)で購入したり、拾ったり、実家から運んだり、とさまざまだ。

「廃材や古い家具を再利用するのは、エコロジーとエコノミー、両方の観点からです。子ども部屋とワークスペースの床板は、13区の貴族の家が改装されるときに入手しました。でも、解体して運んだ床板を、もう一度敷くのがとても大変で。もしかしたらいい考えではなかったかも(笑)」

 通り沿いのスペースはバスルーム。その奥に寝室を造った。道沿いにバスルームを置いたのは、寝室に騒音が入らないようにするため。これはグッドアイデアだった。浴槽、洗面台はボンコワンで購入したヴィンテージ。「寝室はこれから工事をし、2段ベッドにする予定です。収納は、江戸東京たてもの園にある、文具店の棚から着想したんです」

 中庭は引っ越してきた当時は何もなかったが、隣人たちと話し合い、造園家に頼んで緑豊かな庭を造った。その頃植えたビワの木が育ち、ビワのアイスクリームを作った。「中庭が一望できるこのキッチンが、お気に入りの場所。料理は主に私が担当。ご飯を炊き、おかずを作る和食が定番です。幼稚園に息子を迎えに行ったあと、17時頃から、夕飯の準備をしながらアペリティフを楽しむのが、一日の中で最も楽しい時。ビールを飲みながら、息子から幼稚園の話を聞いていると、いつの間にかふわっといい気分になります」

 将来の夢は台湾に住むこと。「フランスは寒いから、暖かい場所で、日本や香港、バリにも近い台湾がいいな、と考えています。この家を誰かに貸して、その間にしばらく住んでみたいですね」

リビング。壁は漆喰で、田舎の家のような雰囲気に。床はコンクリートに蝋引き。テーブルは、日本のアンティークの板に脚を付けた。レザーの椅子はボンコワン、奥の鏡はクリニャンクールのブロカントで購入。スピーカーはニコラ作。
リビング。壁は漆喰で、田舎の家のような雰囲気に。床はコンクリートに蝋引き。テーブルは、日本のアンティークの板に脚を付けた。レザーの椅子はボンコワン、奥の鏡はクリニャンクールのブロカントで購入。スピーカーはニコラ作。
ボンコワンで買った古いピアノは息子用。タイルは1930年代のもので、北フランスでよく使われたデザイン。
ボンコワンで買った古いピアノは息子用。タイルは1930年代のもので、北フランスでよく使われたデザイン。
完成したばかりの子ども部屋。
完成したばかりの子ども部屋。
二人で設計した棚にはアイロンや掃除用品が。「奥にプラグがあり、スイッチを入れる
とすぐにアイロンを使えて便利」
二人で設計した棚にはアイロンや掃除用品が。「奥にプラグがあり、スイッチを入れる とすぐにアイロンを使えて便利」
天井にゲスト用のベッドを収納。床板は貴族の館で使われていたもの。
天井にゲスト用のベッドを収納。床板は貴族の館で使われていたもの。
左が鮎美さん、右がニコラのワークスペース。
左が鮎美さん、右がニコラのワークスペース。

冨樫鮎美 Ayumi Togashi

イラストレーター。2002年に渡仏しファッションデザインを学ぶ。パリのアフリカ人街にある、元工場を約2 年かけて改装した家に住む。

agentandartists.com/artists/ayumi-togashi

パリ 冨樫さんイラスト2
昼寝を楽しむスズキさん。
昼寝を楽しむスズキさん。
次は寝室を改装し、ベッドを2 段にする予定。
次は寝室を改装し、ベッドを2 段にする予定。
バスルーム。ボンコワンで見つけた浴槽は、べニョワール・ド・サボと呼ばれる古いもの。中に座れて、床も温まる。洗面台の鏡、壁に取り付けた棚もヴィンテージ。タイルはモロッコのフェズで購入した。
バスルーム。ボンコワンで見つけた浴槽は、べニョワール・ド・サボと呼ばれる古いもの。中に座れて、床も温まる。洗面台の鏡、壁に取り付けた棚もヴィンテージ。タイルはモロッコのフェズで購入した。
近所で拾ったシャンデリア。ここには電源がないのでただの飾り。
近所で拾ったシャンデリア。ここには電源がないのでただの飾り。
テキスタイルデザインの仕事。手でモチーフを描いたあとPCで着色。蛇の鱗をイメージした。「クライアントからテーマをいただき、それに沿って考えるのが創作のスタイル。ゼロから発想するよりいいものができます」
テキスタイルデザインの仕事。手でモチーフを描いたあとPCで着色。蛇の鱗をイメージした。「クライアントからテーマをいただき、それに沿って考えるのが創作のスタイル。ゼロから発想するよりいいものができます」
地下のカーヴ(倉庫)はニコラの作業場。
地下のカーヴ(倉庫)はニコラの作業場。

photo : Mari Shinmura text : Miyuki Kido

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