MOVIE 私の好きな、あの映画。
写真家・高木由利子さんの人生を変えた映画。映像美で創造性を刺激してくれる3本。January 17, 2025
高木由利子さんの人生を変えた、3本の映画
『サクリファイス』アンドレイ・タルコフスキー
The Sacrifice / 1986 / Sweden, France / 149min.
言葉を話せない息子、不仲の妻、使用人の女と暮らしている主人公は、神を信じていない。が、核戦争が勃発し非常事態になったことで顕在化した問題から愛する人を守るため、神に犠牲を払うと誓う。カンヌ国際映画祭で4 賞を受賞した、タルコフスキーの遺作。
『放浪の画家 ピロスマニ』ギオルギ・シェンゲラヤ
Pirosmani / 1969 / Georgia / 87min.
ロシア革命前夜、酒場を渡り歩き絵を描きながら放浪の日々を送ったピロスマニの半生を描いた伝記映画。酒場の踊り子への報われない恋や画壇からの冷遇などを通して、孤高な画家の人生を描く。グルジア(現ジョージア)がソ連の構成国だった時代に製作された。
『キャラバン』エリック・ヴァリ
Caravan / 1999 / France, Nepal, Switzerland, UK / 108min.
生きるために塩を運ぶ人々の尊厳を、標高4000~5000mのヒマラヤでのオールロケで描いた物語。彼らの生活や風習のドキュメントをベースに、カリスマ的な指導者としての長老と次世代の若者との対立というフィクションのドラマが織り込まれた、異色の作品。
圧倒的な映像美に、溺れるように浸る感覚。
「人物やファッションを撮った私の写真を見た人から、『あなたの写真はとても自然に見える』と言われることがよくありますが、実はすべて演出をしていて、映画のひとコマのようなつもりで撮影しています。〝スチルムービー〞と名づけた、連続的に写真をつなげたショートムービーを作ることもあるんです」
それこそが、高木由利子さんが映画に親しみを感じ、「自身のクリエイティビティをダイレクトに刺激される」作品を嗜好する理由だろう。
「私にとって映画らしさとは、なんといっても映像美。それを堪能できる作品がいいですね」
そういう映画との最初の邂逅は『サクリファイス』だ。口の利けない息子、妻との不仲、核戦争の勃発、人々のパニックといった苦しい状況下での主人公が、愛する人を救うために自身を犠牲に捧げる決心をするというストーリー。
「題材もイメージもドーンと重たい。でも、観る者が自分なりの物語をつくってしまえるような余白があって、耽美的で、限りなく美しい。人間というのはただでさえ、光を通した画面を見ることにどうしても魅了されてしまう生き物ですよね。そんななかにあってタルコフスキーのこの作品からこそ、圧倒的な映像美というものに自分が浸かり込んでしまう感覚を教えてもらいました」
高木さんは自宅で、大画面のホームシアターで楽しむ映画鑑賞会を開くことがある。その際、友人が持ってきてくれたDVDが『放浪の画家 ピロスマニ』だった。グルジア(現ジョージア)を代表する画家ニコ・ピロスマニの伝記映画だ。
「ちょっと現実離れしていて、ときどきシュールなムードもあって。とても絵画的な映像です。ピロスマニが実際に描いた絵もたくさん出てくるんだけれど、その絵もまた素晴らしいの」
貧乏なピロスマニは店の看板や壁画を描き、報酬に寝床や食べ物をもらって生きていた。いわゆるアート界とは無縁の人物だった。「そもそもそういう価値観を持っていなかったし、彼はただ純粋に描きたくて描いていた。でもそれは同時に、生きるための術でもあったのです。その生きざまが、すごくコマーシャライズされた今のアート界に対しての強いメッセージだとも感じました」
食料を得るために生死を懸けた旅をして暮らす塩のキャラバン(高原民族の隊商)を描いた『キャラバン』は、北ネパールのドルポ地方で3 年暮らしたエリック・ヴァリ監督が、現地の人々の伝統的な暮らしを記録すべく製作に踏み切った映画だ。標高4000~5000mのヒマラヤでオールロケを敢行。ひとりの役者を除く登場人物は全員、現地の人々。自分たちのキャラバンのストーリーを、自分たちで演じており、ドキュメンタリーとフィクションがないまぜになった壮大な作品だ。
「映画製作はよほどの覚悟と執念、それから臨機応変さが必要。大所帯を抱えて常に決断していかなくちゃいけないから、監督は相当大変だと思います。だからこそ、パッション次第で完成まで行き着けるかどうかが決まってくる。そんな想像を絶するパッションを感じる映画も、私は好き。自分がものを作るうえでの励みにもなります」
もちろんこの作品の映像も圧巻の美しさだ。
「ドキュメンタリーとフィクションの間のような手法で撮られた映像のなかで、大自然と共に存在する人間と動物の営みが限りなく愛おしいのです」
映画を観たあと、雑誌の企画で「相当クレイジーに違いない」と感じた監督との対談が叶ったのも思い出深い。監督はもともと『ナショナルジオグラフィック』のフォトグラファーだということもあり、すぐに意気投合。「私はその足で過酷な南米ロケに向かったんですが、エリックと話したおかげで何があっても大丈夫と勇気をもらい」、「Life is challenge!!」と握手して別れたそう。
この映画から得られたものはいろいろあるが、とりわけ高木さんの心に強烈に焼きついているのは、作品中の台詞にも使われている、監督自身が実際に僧侶から言われたという教え。
「『心身が健康であるのなら、難しいほうの、あなたが最善を尽くさねば進めないであろう道を選べ』。何か問題にぶち当たったり挫折しそうになったときにいつも思い出します。困難なほうを選べばその分だけ達成感も増すし、より高みに行くことができる。いずれにしても、自分の状態を自分で判断し、自分で道を選ぶということですね。何も大きな岐路でなくても、毎日の些細なことにも当てはまる、拠り所になる教えとなりました」
高木由利子 Yuriko Takagi写真家
1951年、東京都生まれ。ファッションデザイナーとしての活動を経て写真家になり、衣服や人体を通して独自の視点から〝人の存在〞を問い続けている。〈クリスチャンディオール〉や〈イッセイミヤケ〉といったメゾンとのコラボレーションも多く、国際的に活躍する。
Katsumi Omori text : Mick Nomura (photopicnic)