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映画監督・山中瑶子さんの人生を変えた映画。今の自分の生き方を肯定してくれる3本。January 13, 2025

山中瑶子さんが東京・目白に住んでいた20代前半、近所なのでよく映画を観に来ていた『早稲田松竹』のロビーにて。 映画監督・山中瑶子さんの人生を変えた映画。今の自分の生き方を肯定してくれる3 本。
山中瑶子さんが東京・目白に住んでいた20代前半、近所なのでよく映画を観に来ていた『早稲田松竹』のロビーにて。
山中瑶子さんの人生を変えた、3本の映画

『ホーリー・マウンテン』アレハンドロ・ホドロフスキー
The Holy Mountain / 1973 / Mexico / 117min.
カルト的人気を誇るホドロフスキーの『エル・トポ』と並ぶ代表作。世界を支配する9人の賢者から不死の術を奪うため、盗賊たちが〝聖なる山〞を目指して儀式を重ねる。サイケとエロスが入り交じった摩訶不思議な世界観。錬金術師の役は監督本人が演じている。

『ヤンヤン 夏の想い出』エドワード・ヤン
Yi Yi : A One and a Two / 2000 / Taiwan / 173min.
台北のマンションに暮らす祖母、父母、姉とヤンヤンの5 人家族の群像劇。出産、恋、結婚、死など、人生で起こるさまざまな出来事に際し、傷ついたり悩んだりする各人の感情を美しい映像と音でこまやかに描く。エドワード・ヤンの遺作となった。

『ゴーストワールド』テリー・ツワイゴフ
Ghost World / 2001 / USA / 111min.
ダニエル・クロウズの同名グラフィックノベルの映画化。ファッションや音楽を含め、Y2Kの気分が凝縮された〝新しい青春映画〞として大ヒットした。主演は当時15歳のスカーレット・ヨハンソンと17歳のソーラ・バーチ。脇を固めるのはスティーヴ・ブシェミ。

こうやって生きるしかない自分の、背中を押す作用。

 山中瑶子さんの最初にして最大の〝映画ショック〞は、高校生のときに観た『ホーリー・マウンテン』だ。映画に興味を持ち始めた頃で、それならと学校の美術教師がビデオを貸してくれたのだ。だがあまりに不可解で、教師に感想を求められても「よくわからなかった」と答えるしかなかった。

「当時は映像詩という発想も語彙もなくて。私はこの映画に対する言葉を、何も持っていなかった」

 しかし、大きな衝撃を受けたのは確かだった。

「本編のエンディングには撮影クルーが映し出され、監督本人の語りで締めくくられる。メタ的構造に初めて触れ、また映画は人が作っているという、これまで意識したことのなかった明白な事実にも気がつきました。こんな突飛な作品を製作しようとする大人が存在することを知り、映画にますます興味を持つようにもなったんです」

 この作品との出合いが、いち映画ファンとしても、映画監督としても、今の山中さんを形成する起点になったのは間違いない。だが意外にも、この作品を観たのは一回きり。

「体験としてもう十分だし、改めて観たら、たぶんあんまり好きではないと思う(笑)。もはや、好きとか嫌いとかではないんです」

 一方で『ヤンヤン 夏の想い出』は、定期的に観直している。いろいろな年代の人物が登場するため、観る年齢によって見え方も感じ方も違うのが面白いということもあるが、自らのアイデンティティの琴線に否応なしに触れるから、というのが最も大きな理由かもしれない。中国人の母のもと日本で育った山中さんは、子どもの頃、家庭内の文化と家の外の文化との違いの狭間で、いつも居心地の悪さを感じていたという。

「母が日本人ではないということを受け入れられない思いがありました。子ども心に、みんなと一緒ではないのが嫌だったんですね」

 夏休みなどには中国に帰省する母についていくのが常だったが「親戚たちの振る舞いや風習が日本のそれとはずいぶん違い、たとえば食卓を囲むとき、ワイワイ大声で話したり、マナーとして食事を残したり。そういうひとつひとつが、いちいち気がかりだったんです」と山中さん。

いつでも持ち歩き、所感からスケジュール、仕事のアイデア、観た映画の感想まで、なんでも記す〈Rollbahn〉の手帳と、数年おきに観返す『ヤンヤン 夏の想い出』のDVD。 映画監督・山中瑶子さんの人生を変えた映画。今の自分の生き方を肯定してくれる3 本。
いつでも持ち歩き、所感からスケジュール、仕事のアイデア、観た映画の感想まで、なんでも記す〈Rollbahn〉の手帳と、数年おきに観返す『ヤンヤン 夏の想い出』のDVD。

 しかし、どちらかというと嫌な記憶として残っていた中国での光景と『ヤンヤン』のシーンが、とてもよく似ていた。

「たとえば、ヤンヤンが結婚式に飽きてお父さんにマクドナルドに連れていってもらうシーンなんて、中国で大人たちの宴会を抜け出して、親戚の子どもたちだけでマクドナルドに行ったことを思い出させてくれました。『ヤンヤン』に漂っているあのワチャワチャ感は、とても映画的。いきいきとした生命感に溢れています」

 その国独特のしぐさや文化を映画というフィルターを通して観ることによって、とても豊かなものとして捉えることができたのだ。おかげで、「マクドナルドでいとこたちとソフトクリームを食べた楽しい思い出」も蘇った。否定的な感情で固めてしまっていた記憶が塗り替えられたのだ。

「日本だって、他国から見たらきっと変なところはいっぱいありますよね。そういうことを明確に相対化できたのも私にはすごくよかった」

『ゴーストワールド』も、『ヤンヤン』と遠からずな位置づけ。高校を卒業した親友同士の少女は進路も決めず退屈な地元をぶらつく日々だが、ふたりの志向は徐々にずれていく。自分と世界との間に感じる距離感や不具合に対する思いを中和してくれるような効果がある作品だという。

「この世界にいるのに私はここにはいない、そんな感覚で生きている人が、自分のほかにもいるんだな、ということをすごく感じます」

 どこに行っても馴染めない、しっくりこない。そんなふうに世の中に違和感を抱くのは、さほど特異なことではないだろう。

「でも思春期だと特に、自分がおかしいのかなって悩んだりしますよね。環境を変えたら変わるかも、なんて期待してみたりもする。でもこの作品を観て、ああ、それはない、もう一生変わらないかも、と。私はこの寂しさをずっと抱えて生きていくんだなと受け入れられるようになりました」

 とはいえ、単なる悲観ではない。これは「後ろ向きであることを肯定する」映画なのだ。

「それでもいいじゃん、と思わせてくれる。しかも、それを声高に主張しているわけでもないところがまた、たまらなくいい。最後のバスに乗ってしまうシーンは、あまりに悲しかったけれど」

山中瑶子 Yoko Yamanaka映画監督・

1997年、長野県生まれ。初監督作『あみこ』がPFFアワード2017に入選、翌年ベルリン国際映画祭に長編映画監督史上最年少で招待され10か国以上で上映される。初の本格的長編作『ナミビアの砂漠』は女性監督として史上最年少で国際映画批評家連盟賞を受賞。

photo : Masahiro Sambe text : Mick Nomura (photopicnic )

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