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俳優・安藤玉恵さんの人生を変えた映画。何事も表裏一体であることを教わった3本。January 13, 2025

行きつけの映画館はいくつもあり、渋谷のユーロスペースには月に一度くらいの頻度で通っている。映画鑑賞後は1階の『Cafe9』で、ビールを飲みながら映画の余韻に浸るのがルーティン。<br /> <small>ニット¥93,500 (ユーモレスク ☎03‒6452‒6255) パンツ¥53,900 (トゥジュー/トゥジュー 代官山ストア ☎03‒5939‒8090) イヤリング¥79,200 (ホアキン・ベラオ ☎03‒6821‒7772) </small>
行きつけの映画館はいくつもあり、渋谷のユーロスペースには月に一度くらいの頻度で通っている。映画鑑賞後は1階の『Cafe9』で、ビールを飲みながら映画の余韻に浸るのがルーティン。
ニット¥93,500(ユーモレスク ☎03‒6452‒6255) パンツ¥53,900(トゥジュー/トゥジュー 代官山ストア ☎03‒5939‒8090) イヤリング¥79,200(ホアキン・ベラオ ☎03‒6821‒7772)
安藤玉恵さんの人生を変えた、3本の映画

『楢山節考』今村昌平
The Ballad of Narayama / 1983 / Japan / 131min.
深沢七郎の小説が原作。信州のある寒村では70歳になると楢山に行く棄老の風習があり、緒形拳演じる息子は、坂本スミ子演じる母を楢山に連れていくことを思い悩む。そこに家族や村人のさまざまな思いも交錯する。カンヌ国際映画祭パルムドール受賞作。

『幸福(しあわせ)』アニエス・ヴァルダ
Happiness / 1964 / France / 80min.
妻とふたりの子どもと幸せに暮らすフランソワはある日、別の女性にひと目惚れ。ふたりの女性に愛を囁き、そのどちらにも悪びれず三角関係を打ち明けると、ひとりは受け入れ、ひとりは拒否する。ロマンスとホラーのジャンルをまたぐヌーヴェルヴァーグ作品。

『この世界の片隅に』片渕須直
In This Corner of the World / 2016 / Japan / 129min.
戦争と広島をテーマにした、こうの史代の漫画が原作。戦艦大和を建造していた軍都・呉を舞台に、戦前から戦後にかけての庶民の生活を、浦野すずを中心に描く。ドラマ化、ミュージカル化もされている、戦争を知らない世代による戦争題材作の新しい名作。

それぞれのライフステージで受け取った、この世の理(ことわり)。

 映画鑑賞は、安藤玉恵さんのライフワーク。幼少時、母親に連れていかれたところからそれは始まったのだが、その頃に観た作品のなかでも飛び抜けて印象に残っているのが『楢山節考』だ。愛する母を息子が山へ捨てにいく、いわゆる棄老を描いた物語に、少女の安藤さんは大きなショックを受けた。だが、それだけでは終わらない。

「観終わったあとに、突然母から、いざとなったら私のことを捨てていい、と言われたんです。なぜそんなことを言ったのかは今でもわかりませんが、とにかくそれが心に焼きついてしまって。それからというもの、母を捨てるという想像をしては、何度ポロポロ泣いたことか。40年近くもこの気持ちを抱えながら生きてきたことを考えると、改めて、人の生死についてだいぶ早いうちに教わってしまったなあ、と思います」

 そんなふうに死のイメージを鮮烈に植えつけられたのだったが、最近観返してみると意外にも、死の対極にあるはずの〝生〞と〝性〞についても力強く描かれていたことを発見した。

「考えてみたら、死ぬということは生まれる、生きるということでもあるんですよね。そして男も女もともに、性の喜びがある。その根本がいきいきと描かれていたのがとてもよくて、この作品の暗い印象が塗り替えられました。坂本スミ子さんの役も、倍賞美津子さんの役も、どっちもやってみたいと思っちゃいました」

『幸福』を観たのは大学生のとき。タイトルと内容に齟齬を感じ、すぐにもう一度観返してみた。

「家族揃って仲よく森にピクニックに出かけたりして、絵的には確かに幸福感に溢れている。でも、何もかもがおかしい。幸福とは真逆のことを見せつけられている気がしました。ちょうど演劇を始めた頃だったから、哀歓はらむ表現というものに魅せられたということもあったのかもしれません」

 それは、主要な登場人物みなが主体になっていることとも、関連しているのかもしれない。

「特定のひとりに感情移入させないためか、視点が変わるんです。だから、夫の無邪気な態度とか、妻の取り返しのつかない行為とか、納得できないところはあるにしても、妻、夫、愛人のそれぞれの気持ちが一応はわかるんですよね」

 映画というものの面白さに開眼したのと同時に、物事には反対の面もあり、しかもそれは表裏一体であるということ。多面で、複雑で、平然と矛盾も含有していること。そうした世界の見方を知ったきっかけにもなった作品だった。

『この世界の片隅に』は映画を観たあと、原作を買い、聖地巡礼にも出かけたほどハマったそう。
『この世界の片隅に』は映画を観たあと、原作を買い、聖地巡礼にも出かけたほどハマったそう。

 子育て真っ只中だった30代は、子どもと一緒に映画館通い。必然的にアニメによく触れた時期だった。『この世界の片隅に』も、いつものように近所の子どもたちを連れて観に行ったアニメのひとつだったが「子どもには少し難しかったかも。大人が観るべき作品でした」。圧倒されて、上映が終わってもしばらくは椅子から立てなかったほど。そしてわかったのは、「戦争を知らない世代にとって、戦争を体験していない人が描いた作品のほうが実はリアルに感じられるのではないか」ということだ。

「絵も、のんさんの声もかわいいということもあって、全面的な恐怖としては受け止めませんでした。なのに、苦しさや悲しさがすごくストレートに響いたんです。反戦や非戦の思想はきちんと伝わってきた。だから同世代の人も、そして子どもたちも、戦争をしてはいけないことがすんなり心に留められるのではないかと思いました。これからのみんなが観たらいい映画だ、と」

 たとえば防空壕に入っているとき、すずと周作が手をつなぐシーン。戦時中の緊迫した状況下においてはある意味、不適切な行為だともいえる。

「でも、そういうことですよね。だって、好きな人と一緒にいるんだもの。戦争という状況とは関係ないというか、それはそれ、ですよ。いつも苦しんでいなければいけないわけではない。そこが描かれているのが、とてもいいですよね。悲しいときに笑ってしまうこともあれば、楽しんでいるのに寂しくなってしまうことだってある。はたまた大きく言えば、生まれることはすなわち死ぬことでもあり、その逆もまた然り。両方を含んでいるのが人間ということですよね」

 それぞれのライフステージで心に刻まれた作品にはいずれも、そのことがきちんと描かれていた。

「人間そのものを面白がれると、生きていくことが楽しくなるって気づかせてくれたんです。生きる支えになるというか、ね」

安藤玉恵 Tamae Ando俳優

1976年、東京都生まれ。最近の出演に、ドラマ『無能の鷹』、映画『アイミタガイ』『ラストマイル』など。今後の出演に、舞台『花と龍』(2025年2 月8 ~22日 KAAT神奈川芸術劇場/富山、兵庫、北九州公演あり)。日暮里サニーホールで音楽朗読会( 3 月25日)も。

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photo : Katsumi Omori  styling : Itsumi Takashina  hair & make-up : Takae Kamikawa (mod’s hair) text : Mick Nomura (photopicnic )

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