河内タカの素顔の芸術家たち。

墨による独自の抽象表現を確立した画家、篠田桃紅【河内タカの素顔の芸術家たち】Toko Shinoda / May 10, 2022

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篠田桃紅 Toko Shinoda
1917 – 2021 / JPN
No. 102

中国の大連に生まれ、幼い頃に父の書の手ほどきを受ける。その後は独学で書を極めていき、次第に文字を使うことなく抽象的なモチーフを描き始めるようになる。1956年に渡米し、日本の前衛書と欧米の抽象絵画の響きあいに国際的な注目が集まるなか、ニューヨークを拠点に活動し全米各地およびパリで個展を開催する。1958年に帰国、壁画、壁書、レリーフにより丹下健三らによるモダン建築に関わる制作、増上寺大本堂の襖絵、版画や装丁、題字、随筆を手掛けるなど、70年を越える活動を通じ晩年にいたるまで独自の抽象表現の領域を切り拓いた。

墨による独自の抽象表現を確立した画家
篠田桃紅

 現在、東京オペラシティアートギャラリーで行われている篠田桃紅展は、できるだけ多くの方々に観てもらいたい充実した内容の展覧会です。そもそも僕が篠田さんに興味を持った理由は、丹下健三が手がけた日南市文化センターにおいて建築的なスケールの陶壁や緞帳を制作していたと知ったことから始まり、他にも電通本社ビルのロビーにあった大壁画、さらには国立代々木競技場の貴賓室の絵画や京都国際会館ロビーの巨大レリーフなど、戦後のモダニズム建築における優れたパブリックアートを制作していたからです。

 それゆえ、個人的にはまさに満を持しての今回の回顧展の開催とも言えるわけですが、自分の予想を大きく上回るような凄みのある展示になっていました。これは約2年前に同じ会場で行われた白髪一雄展と同じく、自分の目で実際に観るからこその臨場感も手伝って、篠田さんのしなやかな身体の動きをよりいっそう感じられたのです。その篠田さんは、昨年3月1日に惜しくも107歳で逝去されたのですが、60代から70代後半の頃の比較的大きな作品は、まるでアメリカのカラーフィールド絵画を思わせる質感と色彩があり、絵の前で固まってしまうほどの緊張感が漂わせていました。

 1956年に単身渡米しニューヨークを拠点にしていた篠田さんは、その滞在中にニューヨーク、ボストン、シカゴ、パリ、シンシナティなどで個展を行いました。そして約2年間の海外生活の後に帰国されたわけですが、その頃のニューヨークといえば、ジャクソン・ポロックやマーク・ロスコ、フランツ・クラインたちが中心となった「ニューヨークスクール」の絶頂期であり、きっと彼女もその渦中に身を置きながら多くの刺激とインスピレーションを受けたはずです。さらに、抽象表現主義の著名アーティストたちを輩出したベティー・パーゾンズ・ギャラリーでは、日本へ帰国後にもかかわらず4回も個展を行っていて、ニューヨークの美術界においてもとても高く評価されていたということが伺えます。

 篠田さんは5歳の時から書道に接し、次第に墨による独自の表現を生み出すようになりました。やがて文字の制約から離れていき、墨を使った自由度の高い作品を描き始め、そして渡米する前後から線や面の構成による純粋な抽象表現を打ち出していきます。そして、帰国後は当時完成したばかりの丹下の有名建築や佐藤武夫のホテル・ニュージャパンにおける壁画や壁書、レリーフといった建築に関わる仕事を手がけていくわけです。その頃の記録写真を見るにつけ、丹下や他の建築家たちとの関係や当時の時代背景をもっと知りたくなってしまいます。

 書家としてキャリアをスタートするも次第に激しい筆跡となっていき、時を経るにつれて深い叙情性を帯びるようになり、やがてフランスの抽象画家であるピエール・スーラージュの絵画を思わせる洗練された空間表現に行き着いた篠田さん。その並々ならぬ創造性は衰えることなく、晩年にいたるまでの約70年間、多岐にわたる創作活動を続けられました。ご本人いわく「こころのかたち」を表現しようとしたという豊かな感性に満ちた気品のある作品群を前にして、篠田さんにとっての「こころのかたち」というものがなんだったのかを何度となく考えてしまったのでした。

Illustration: SANDER STUDIO

『人生は一本の線』(幻冬舎)墨を用いた抽象表現主義者として世界的に広く知られる篠田桃紅の、貴重な作品の数々と、珠玉のエッセイを収録した作品集。

展覧会情報
『篠田桃紅展』
会期:開催中 〜2022年6月22日まで
会場:東京オペラシティ アートギャラリー
住所:東京都新宿区西新宿3-20-2
https://www.operacity.jp/ag/exh249/


文/河内 タカ

高校卒業後、サンフランシスコのアートカレッジに留学。NYに拠点を移し展覧会のキュレーションや写真集を数多く手がけ、2011年長年に及ぶ米国生活を終え帰国。2016年には海外での体験をもとにアートや写真のことを書き綴った著書『アートの入り口(アメリカ編)』と続編となる『ヨーロッパ編』を刊行。現在は創業130年を向かえた京都便利堂にて写真の古典技法であるコロタイプの普及を目指した様々なプロジェクトに携わっている。この連載から派生した『芸術家たち 建築とデザインの巨匠 編』(アカツキプレス)を2019年4月に出版、続編『芸術家たち ミッドセンチュリーの偉人 編』(アカツキプレス)が2020年10月に発売となった。

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