河内タカの素顔の芸術家たち。
河内タカの素顔の芸術家たち。
グランマ・モーゼス Grandma Moses / February 10, 2022
古き良きアメリカの農村風景を描いた
グランマ・モーゼス
グランマ・モーゼスとして知られるアンナ・メアリー・ロバートソン・モーゼスは、母国アメリカではグラント・ウッドと並んでよく知られている国民的画家です。親しみを込めて「モーゼスおばあちゃん」と呼ばれているこの画家の絵は、アメリカの美術館では比較的よく見かけていたのですが、昨年から国内を巡回している展覧会に何度か足を運んで作品を観ていたら、この画家のことをほとんど知らなかったことを猛省するとともに、単純に「アウトサイダーアート」と片付けられない面白さと深さがあることを再認識した次第です。
貧しい農家に生まれ12歳から奉公に出たアンナは、結婚後に子供を10人産み、農家の仕事や子育てに忙しく芸術とは縁のない人生を送っていました。67歳の時に長年連れ添った夫を亡くし、次女の勧めもあって刺繍絵の制作に取り組みはじめます。しかし、その数年後から持病のリウマチが悪化したことで針と糸を画筆に持ち替え、特に誰から教わるでもなく、馴染みある村の風景や自身が目にしていた日々の営みを、まるで物語を編むかのようにキャンバスに描き始めたのです。
「毎日ほとんど変化がないけれど、季節だけは移ろう」と語っていたモーゼスや周囲の人々は、感謝祭やクリスマスといった季節ごとのイベントをとても大切にしていたようで、彼女の絵にはまさにそのような人々の営みや情景が多く描かれていました。例えば、代表作である『シュガリング・オフ』という作品には、二月の真冬の森の中でメープル (かえで)の木から採取した樹液を煮詰めてメープル・シロップと砂糖を作る様子とともに、煮詰めた樹液を雪に垂らして作るキャンディを待ちわびる子供たちの姿を、ピーテル・ブリューゲルの農村画を思わせるように色彩豊かにかなり細かく描かれていました。
やがて、絵を描き始めて3年ほど経った頃に、思ってもみなかった大きな転機が訪れます。ドラッグストアに自家製のジャムやピクルスとともに描きためた絵を販売していたら、このストアに立ち寄ったエンジニアでコレクターのルイス・J・カルドアという人が、1作あたり3ドルと5ドルで買いあげてニューヨークへ持ち帰ったのです。そのうちの数点がMoMAで行われた「現代の未知のアメリカ人画家」というグループ展に出品され、その後、モーゼスが80歳の時にはギンベルという大手デパートで絵画展が開催されることになり、それがたちまち評判となって彼女の名前と絵は全米に広く知られていくようになるのです。
もともと絵を描くのが好きだったものの、農家の主婦として子育てと仕事に追われる暮らしを長く送り、70代半ばにして好きなだけ絵を描けるようになると、それから亡くなるまで約1600点の作品を残したモーゼス。「いまですら私は年寄りではないですし、そう考えたこともないのよ」「人生は自分で作りあげるもの、これまでも、これからも」「私の人生は、振り返ればよく働いた一日のようなものでした」といった飾らない言葉などを読むと、古き良きアメリカの農村風景を描いた「幸せな絵」が、今もなお人々の心を深くつかんで離さないのか、そして人々を魅了する彼女のサクセスストーリーが決してまぐれではなかったのだろうを考えてしまうわけなのです。
展覧会情報
『グランマ・モーゼス展―素敵な100年人生』
会期:2022年2月27日まで
会場:世田谷美術館
住所:世田谷区砧公園1-2
巡回:東広島市立美術館(2022年4月12日〜5月22日)
https://www.setagayaartmuseum.or.jp