河内タカの素顔の芸術家たち。
建築的な空間造形や光を用いて、詩的なアートを生み出すアルフレド・ジャー【河内タカの素顔の芸術家たち】February 10, 2026

アルフレド・ジャー Alfredo Jaar
1956- / CHL
#147
1956年チリのサンティアゴに生まれ、建築と映像を学んだのち、1982年からニューヨークを拠点としている。タイムズスクエアの電光掲示板を使った《アメリカのためのロゴ》で注目を集め、1986年のヴェネチア・ビエンナーレ、並びに1987年のドイツ・カッセルでのドクメンタ8にラテンアメリカ出身作家として両方に初めて招待される。第11回ヒロシマ賞の受賞を契機に《ヒロシマ・ヒロシマ》を制作。代表作にルワンダ虐殺をテーマにした6年間に渡る《ルワンダ・プロジェクト》、ブラジル北東部の金鉱の鉱夫たちに焦点を当てた《ゴールド・イン・ザ・モーニング》などがある。
建築的な空間造形や光を用いた詩的なアート
アルフレド・ジャー
「現実とその表現可能な範囲の間には大きな隔たりがある。そして、その隔たりを埋めることは不可能なことだ。だからこそ、我々アーティストは、表現のために様々な戦略を試みなければなならい」ーアルフレド・ジャー
南米チリ出身のアルフレド・ジャーの展示が、『東京オペラシティアートギャラリー』で3月下旬まで開催されています。世界各地の社会的問題をテーマにしたコンセプチュアル・アーティストであることは以前から知っていたのですが、まとまった作品を見るのは今回が初めてでした。写真やテキスト、鏡や蛍光灯やライトボックスといった工業製品を用いてのインスタレーションは、60年代以降のアメリカのミニマルアーティストたちが好んだ手法で、そういった意味でおいて、1982年よりNYを拠点としているジャーもその系譜のアーティストと言っていいかもしれません。
ちょうど同時期に東京都現代美術館で展覧会が行われているソル・ルウィットの作品もそうですが、念密なリサーチに基づいて制作されながらも、頭でっかちで変に小難しくないのが意外といえば意外で、2006年のジャーの代表作《サウンド・オブ・サイレンス》という作品も、多くの観客が共感や連帯感を抱けるような明解さがあるのです。
巨大なアルミニウム壁の構造物の《サウンド・オブ・サイレンス》は、片面全体に設置された256本の白色蛍光灯のまばゆい光にまず圧倒され、その裏側に回ると緑と赤のライトが備え付けられた入り口になっています。入館者数は限定され、途中入場はできず、暗がりの中で映し出される約8分間の映像には、短い言葉によるスライド形式によって一人の南アフリカの男性が写真家になるまでの経緯、そして彼に降りかかった論争が綴られていきます。やがて映像のクライマックスで、「たった一枚の写真」が一瞬だけ現れ、唐突にフラッシュが焚かれた直後に再び闇と沈黙が訪れるというものです。
この作品にまつわる背景を簡単に説明すると、フォトジャーナリストのケビン・カーターが1993年のスーダン飢饉の取材時に撮影した、飢えで倒れた幼児をハゲワシが背後からじっと見ているという写真がニューヨーク・タイムズ紙に掲載されると、その衝撃的な《ハゲワシと少女》は世界中を震撼させ、その年のピューリッツァー賞*1が与えられたのです。しかしその一方で、「写真を撮る以前に少女を助けるべきではないのか」という厳しい批判にさらされ、授賞式からわずか2か月後にカーターは自ら命を絶ってしまったのです。
ジャーは「1枚の写真は世界を変える力があるが、同時に誰かを傷つけることもある」といった苦しむ者にカメラを向けることの残酷さや、どんなに衝撃的な写真であってもすぐに消費され、忘れられてしまう現代社会の「集団的な沈黙」を浮き彫りにしつつ、このような惨劇にどう向き合うべきかを観客に考えさせ、それが決して他人事でないと気づかせてくれるのです。
そういえば、6つのライトボックスと額装ミラーで構成された1994年の《エウロパ》というボスニア・ヘルツェゴビナ紛争*2に関する作品を見ていたら、たまたまジャー本人が近づいてきたので、ついその残酷な写真のことを尋ねると、「この作品は君が今やっているように写真を後ろから覗き込むのではなく、壁に掛けてある鏡に映るイメージを見なくてはならない」とわりと強い口調で言われ戸惑ってしまいました。しかしよくよく考えたら、「あえて見せない」ことで観客の想像力に働きかけ、深い共感を引き起こすのがジャーの手法であるわけで、見せ方や見られ方も緻密に練られていることに気づき、「ちゃんと襟を正して向き合って見なければならないな」とその場で反省してしまった次第です。
今回の展示は、今の時代が抱える多くの問題(例えば、日米の関係や強行的なトランプの姿勢で高まる南北アメリカ間の緊張、過激なAIイメージのあり方、SNS情報による翻弄など)に対して、実にタイムリーかつ暗示的な作品が多く、驚いてしまいました。もし会場に行かれたら、入り口で配布されている解説文を読むことで、それぞれの作品の背景や成り立ちや制作の意図をより深く理解できると思います。そして、遠い国の出来事が決して無関係なニュースではなく、社会の不条理に対して自分たちがどう関わっていくべきなのかという問いを突きつけられることになるはずです。
*1 ピューリッツァー賞: 新聞王ジョセフ・ピューリッツァーの遺志に基づき創設された、米国の報道・文学・音楽における最も権威ある賞。 優れたジャーナリズム、文学作品、音楽作品に対し毎年贈られる。
*2 ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争: ユーゴスラビアから独立したボスニア・ヘルツェゴビナで1992年から1995年まで続いた内戦で約10万人が犠牲になった。

『Alfredo Jaar / You and Me and the Others』(東京オペラシティアートギャラリー)。開催中の展覧会「アルフレド・ジャー あなたと私、そして世界のすべての人たち」のミニカタログ。出品作品21点の図版とともに、各作品の解説を収録。
展覧会情報
「アルフレド・ジャー あなたと私、そして世界のすべての人たち」
会場:東京オペラシティ・アートギャラリー
会期:2026年3月29日(日)まで開催中
住所:東京都新宿区西新宿3-20-2
https://www.operacity.jp/ag/exh294/
東京の美術館では初の個展となり、初期作品や代表作品のほか、新作《明日は明日の陽が昇る》で構成。AからEまでの全5章を通じ、写真、映像、建築的スケールの作品によって鑑賞者に身体的な体験を促すような展示となっている。
文/河内 タカ
高校卒業後、サンフランシスコのアートカレッジに留学。NYに拠点を移し展覧会のキュレーションや写真集を数多く手がけ、2011年長年に及ぶ米国生活を終え帰国。2016年には海外での体験をもとにアートや写真のことを書き綴った著書『アートの入り口(アメリカ編)』と続編となる『ヨーロッパ編』を刊行。現在は創業130年を向かえた京都便利堂にて写真の古典技法であるコロタイプの普及を目指した様々なプロジェクトに携わっている。この連載から派生した『芸術家たち 建築とデザインの巨匠 編』(アカツキプレス)を2019年4月に出版、続編『芸術家たち ミッドセンチュリーの偉人 編』(アカツキプレス)が2020年10月に発売となった。




























