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一番大切な映画、『パリ、テキサス』のこと。写真と文:ハラダ ユウキ (『TRAVIS』店主) #4July 28, 2025

一番大切な映画、『パリ、テキサス』のこと。写真と文:ハラダ ユウキ (『TRAVIS』店主) #4

4週目の最後に紹介するのは、店名の由来となった映画『パリ、テキサス』(1984年)について。

#3で記したように、一番好きな映画は『枯れ葉』(2023年)で、一番大切な映画がこの作品。なぜ好きではなく、大切なのか。

学生時代、音楽を愛する先輩や友人に囲まれていた僕は、ある時ふと、音楽のことは彼らにすべて任せようと思いました。好きなことにまっすぐで、毎日のようにレコードショップやCDレンタル店に通い、休日にはライブハウスやクラブへと足を運び、それを決して偉ぶらない。その姿勢に、僕も素直に憧れることができていました。

頻度は多くなかったものの、僕は映画館やDVDで映画を観るのが好きでした。でも、彼らほど音楽への強烈な偏愛を持っていたわけではない。

「できないことは人に任せる」主義でしたし、信頼できる人たちに恵まれて映画館へ通う頻度が増えた今、「映画を観ること」を、どこかで彼らに代わって任されている気持ちがあります。これは今の僕の店のスタイル「偉ぶらないこと」にも通じていると思います。

その作品をまだ観てなくたっていい。たとえば、自分が初日に劇場で観た新作を、まだ観ていない人に対して「絶対観るべきだよ!」って押し付けたりはしません。

僕との会話や、それにまつわる洋服を通して、映画を観るきっかけに繋がってもらえればいいんです。映画館という「店」を出た後のような、意味と奥行きのある振る舞いを、できる限りこの店でしたいと思います。

一番大切な映画、『パリ、テキサス』のこと。写真と文:ハラダ ユウキ (『TRAVIS』店主) #4

話が逸れてしまいましたが、「映画と服」というコンセプトに至ったのは、『パリ、テキサス』が服で感情を表現していることに気づかせてくれた、僕にとっての最初の作品だったからです。

正解かはわからないけれど、僕なりの解釈は「信号機」。息子のハンターが、進むのか、止まるのか(戻るのか)を主人公・トラヴィスに問うシーンがあります。それ以来、僕のコーディネートカラーには赤と緑が増えていき、好きが高じてブートTシャツも作りました。

「この作品が好きなんだ」と周りに伝えるようになってから、映画監督や制作現場で働く方、映画館のスタッフと仲良くなる機会も増えました。

とっておきの思い出は、ブラッド・ピットにも会えたこと。作ったブートTシャツもプレゼントすることができました。ジェーン役のナスターシャ・キンスキーからは感謝のコメントまでいただいて、これは一生の自慢です。

「映画と服」を通してたくさんの人と繋がれたからこそ、今の自分がある。そんな感謝を込め、殿堂入りという意味で『パリ、テキサス』を一番大切な作品と呼んでいます。

娘が生まれたこの夏、「まずはあんな家庭にはならないように」と、反面教師にできるのも映画から得られる“人生経験の一歩手前”のようなもの(笑)。

冒頭に書いた、音楽を愛する友人たちの現場がライブハウスなら、映画を愛する僕にとっての現場は映画館。『パリ、テキサス』を初めて映画館で観たのは、今の場所に移転する前の『Bunkamuraル・シネマ』だったと思います。ヌーヴェルヴァーグ特集でフランス映画を教わるなど、たくさんの教育を受けました。

閉館間近の頃は、前職の有給を使いながら毎日のように通い、最終日には支配人さんか編成担当のスタッフの方に、これまでの映画のラインナップについて感謝を勝手に伝えたら、思わず涙がこぼれてしまいました。

もう好きな映画館は無くなってほしくない。“通わないと残らない”という信念を持って、僕はこれからも映画館に通い続けたいと思います。

あの『Bunkamuraル・シネマ』を出た帰り道から、僕はずっと主人公・トラヴィスのように彷徨い、今は恵比寿、そしてたまに世界や郊外の映画館をフラついています。

きっと彼も、ジェーンを捜すべくハンターとともに乗っていたあの車「フォード・ランチェロ」で、いろんな映画館を彷徨っているはずだから。

一番大切な映画、『パリ、テキサス』のこと。写真と文:ハラダ ユウキ (『TRAVIS』店主) #4

『TRAVIS』店主 ハラダ ユウキ

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国内デザイナーズブランド勤務など経て、2023年に東京・恵比寿に"映画と服"の店『TRAVIS(トラヴィス)』をオープン。「映画館に着ていくための服」をコンセプトに、ヨーロッパの映画館を巡りながら選んできた古着を軸に、映画の中のあの娘が着ている服をオリジナルアイテムで製作。ロンドンの映画ブランドのアイテムや、映画をモチーフにしたサングラスなどもセレクトしている。

instagram.com/travis_yebisu

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