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小さな町の、それぞれの人生。写真と文:西村佳哲 (文筆とファシリテーション) #3August 21, 2025

最近の仕事をふりかえっております。その3話目。今年の6月、一年半前から準備してきた「駒沢の生活史」の公開が始まりました。

小さな町の、それぞれの人生。写真と文:西村佳哲 (文筆とファシリテーション) #3

駒沢で生まれて暮らしている、あるいは住んでいた時期がある人の話を、2〜3時間じっくり聞かせてもらいます。「あなたはどう生きてきたんですか?」と、本人の人生を。

むろん3時間で語りきれるものではなく、その日たまたま思い浮かんだことや、話しながら「そういえば」とつながったことが、話し手と聞き手の関係の中で枝葉を広げ、ときには花も咲き、「たっぷり話したなあー」「聞かせてもらいましたー」という気分に至って終わる。

「きく」ことは、「相手がより自分を表現できる時間を一緒につくる」ことだと思います。

それを文字に起こすと3〜4万字になります。多いですよね。でも要約も順番の入れ替えもせず、削れるところだけ削って、1万字以下の原稿にしてゆきます。

このプロセスが面白い。江戸時代に約5,000体の仏像を彫った円空(えんくう)という修行僧は、自分が彫っているのではなく「仏像が木の中から現れてくる」と語っていたようですが、それと似ている気がする。

一人ひとりの話には有り難さを感じるし、言葉を削りながら事後的に「こんな話をしていたんだ!」と見えてくる感じもする。

小さな町の、それぞれの人生。写真と文:西村佳哲 (文筆とファシリテーション) #3
小さな町の、それぞれの人生。写真と文:西村佳哲 (文筆とファシリテーション) #3

昨春に30名の参加者(聞き手)を募集したところ70名の応募があり、サイコロで40名に絞って、夏にスタート。

それぞれが話し手を探し、聞いて、年が明けた頃に約50本の「駒沢の生活史」が揃いました。と一気に書くと、この間の苦労がまったく感じられなくていいな。実際には聞くのも書くのも初めてのメンバーが多く、みんなそこそこ大変でした。

小さな町の、それぞれの人生。写真と文:西村佳哲 (文筆とファシリテーション) #3 | 各話の挿し絵は、参加メンバーであるイラストレーターの佐倉みゆきさんが描いている。
各話の挿し絵は、参加メンバーであるイラストレーターの佐倉みゆきさんが描いている。
小さな町の、それぞれの人生。写真と文:西村佳哲 (文筆とファシリテーション) #3
小さな町の、それぞれの人生。写真と文:西村佳哲 (文筆とファシリテーション) #3

有名人の話でもなければ、学びが約束されているわけでもない。「生活史」のどこが面白いの? と思う人はいると思います。

読む人を変えようとしていないところがいい、と私は思うんですよね。いまの社会には、人を変える意図を持った情報が多すぎると思います。

他人を操作する下心も、落とし所もない。刺さりも煽りもしない。でも一つひとつには十分に味わいがあって、読み終えると「みんな一所懸命だな」という、ごく当たり前のことを思う。

この健全さを小さな町、今回で言えば駒沢のような限られたエリアで展開すると面白くない? と語り合って始まったプロジェクトです。2025年秋に、駒沢大学駅の四つ角にオープンする商業施設の取り組みの一つ。友人の相談に乗っていた友人の相談に乗っているうちに、とりまとめることになった。

私自身も一本書きました。駒沢で生まれて、いまは世田谷の別の町で暮らす、ある女性の話です。

小さな町の、それぞれの人生。写真と文:西村佳哲 (文筆とファシリテーション) #3

edit : Sayuri Otobe


文筆とファシリテーション 西村 佳哲

西村 佳哲
にしむら・よしあき/1964年 東京生まれ。『リビングワールド』代表。つくる・書く・教える、大きく3つの領域で働く。最近は、友人の会社や団体のミーティング支援を行っている。著書に『自分の仕事をつくる』『自分をいかして生きる』(ちくま文庫)、『一緒に冒険をする』(弘文堂)など。新刊執筆中。

livingworld.net/nish

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