&EYES あの人が見つけたモノ、コト、ヒト。
大きい子にも旅をさせよ。底なしの親切に触れる、メカスの生家を訪れた後で。 連載コラム : 在本彌生 #3February 18, 2025
メカスさんの墓を参ったあと、文字通り麦畑と静寂以外何もない一本道をふらついて、セメニシュケイの光景を写真に撮った。こんなにのどかで牧歌的な場所、メカスさんが暮らしていた80年以上前もこのあたりの風景はさして変わらなかったはずだ。そう考えると、当時これほどの純粋な田舎までナチスが追ってきたことに驚愕し、恐れと怒りのおもいで腹の底がどすんと重たくなるのだった。
そろそろ街に帰ろうと、ダニエルはビルジェイに向けて車を走らせた。私は来る前に電話をくださいと言われていたので、宿予約サイトでとった部屋のコンファームをすべく何度かコールしたが、相手は出てくれない。さて、とりあえず直接行ってみるか…。
「宿主に電話してもでないんだよね」と私がつぶやくと「どこの宿?」とダニエル。住所を伝えると、その部屋はダニエルの家族のティーショップの隣だった。「連絡つかないの?」「電話に出ないし、メッセージにも反応なしだよ」するとダニエルが「そうなんだね、多分電話に気づいていないんだな。連絡がつかないと鍵を受け取れないよね…。実はね、うちも部屋貸ししているところをいくつか持ってるんだけどあいにく全部埋まっているんだよね、ちょっと待って、部屋がどうなってるか母ちゃんに聞いてみるから」という。またもや意外な展開である。
「今日お客さんがチェクアウトした部屋がね、まだ掃除ができてないけど、3部屋あるアパートで。お客さんはひとりだったから一部屋は全然使っていないし、ベッドメイクも乱れていないって。君さえよかったらそこに泊まる?先に言っておくけど、掃除も終わっていないからお金はもらえないからね」。こんな嬉しいオファーを提示されて今から他の宿を探すなど考えられない、この上なく助かる。結果的にこの旅はダニエルの家族によるフルアテンドか。まあ、まずは部屋を見てから決めてよと、そのアパートまで連れて行ってもらう。
ダニエルのお母様の満面の笑顔と柔らかな抱擁に迎えられ「本当にここでいいのかしら?」と言われた。その部屋はお母様の可愛いもの好きのセンスが細部まで行き届いていた。典型的ないなかのヨーロッパのお宅で、暖かい雰囲気がある。どんな家族が暮らした家なのだろう。古いけど清潔で(私が好きな部屋の条件!)、まだ掃除をしていないとはいえ、誰も使っていない寝室を使うのだから私としてはなんの問題もない。「ここに泊まらせていただけたらとても助かります!本当にありがたいです」。そういうと、それなら是非とお母様からアパートの鍵を渡された。明日出発前にティールームに顔を出してね、鍵はそのときに持ってきてちょうだいね。
こんなふうにして、このビルジェイという街で私は本当に何から何までダニエルの家族の世話になった。
メカスさんがいなければ、私はここに来ることもなかっただろうし、この家族に出会ってコミュニケーションを交わす機会を持つことはなかった。リトアニアの旅の終わりに彼らの親切が身にしみて、この街が忘れられない場所になった。翌朝、お礼を告げてアパートの部屋の鍵を返しにティールームに行くと、お母様からわんさとお菓子の手土産を渡された。「長旅だから、これ食べてね」と再び抱擁して店を後にした。「バスステーションまで送っていくよ」とダニエル。ここまできたら全て甘えよう、本当にありがとう、と言って私は彼の車に乗りこんだ。
「みんなでいつか日本に遊びに来てね、その時は今日のお返しをさせてね」
edit : Sayuri Otobe
写真家 在本彌生
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