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すばらしき「ハトヤ芝居」 その3。 連載コラム : 三浦哲哉 #3January 23, 2025
チャップリン『モダン・タイムス』(1936)には、有名な自動食事マシーンが登場するのだけれど、このマシーン、じつはチャップリンが自分の手で操作してたって、知ってました?
このことを知ると、より一層味わい深く見られる場面だと思う。
映画の舞台は、オートメーション化が進みすぎて人間の自由が奪われつつある国(2025年に見ると、ますますギクっとするような)。もはや人間が自分の手を一切使わなくても、食べ物をすべて口まで効率よく運んで食べさせてくれる、そんなマシーンが発明された。実験台になるのはチャップリン。うまくいくかに思えたが、やはり途中で故障。スープの中身が顔にかけられてずぶ濡れになり、高速回転するトウモロコシが顔に押し付けられ、大きなボルトを口に突っ込まれる。あげく、妙なタイミングで、口元がナプキンでふきふきされる。
何も知らずに見ると、見事な文明批判だな〜程度で終わるのだが、じつは、テーブルの下でチャップリンがハンドル操作し、とうもろこしやスープを暴れさせていた、と知った瞬間、すべてが楽しくなる。え、それ自分で動かしているだけだったの? という拍子抜けするような気持ちにもなりつつ、その自作自演をこんなにも真剣に、絶妙なタイミングを探りながら造形したチャップリンすごい、となる。もはや文明批判の説教臭は消え、この悪化しつつある世界をそれでも精一杯生きるヒントを得た気持ちにさえなる。
これもチャップリン流「ハトヤ芝居」と言いたい。見事なパントマイムと小さなトリック(テーブルの下を死角にすること)だけで、手元のいろいろなものをピチピチと跳ねさせてみせた。
edit : Sayuri Otobe
映画研究者 三浦 哲哉
1976年生まれ。福島県郡山市出身。青山学院大学文学部比較芸術学科教授。専門は映画研究。食についての執筆も行う。著書に『自炊者になるための26週』(朝日出版社、2023年)、『ハッピーアワー論』(羽鳥書店、2018年)など。