&EYES あの人が見つけたモノ、コト、ヒト。
自然と一体となる、長野・黒姫での移住生活。写真と文:柴田奈穂子 (『tohe』店主) #2July 10, 2025
住まいは黒姫山の麓、というよりも、もはやここは黒姫山の森の中。
以前の家主さんがもともと落葉松(からまつ)だった庭を、様々な種類の広葉樹や山野草へと植え替えており、さりげなく貴重な植物が生えている。
樹木医さんに定期的に診てもらっていたようで、40年経った今では木々も大きく立派に育っている。

春には足元一面がカタクリの花畑になり、その後にはミスミソウやニリンソウ、イカリソウ……と次々と花が咲き続く。
越してきたのは5月。柔らかい陽の光が注ぎ、心地よい風が抜け、東京の住宅街から越してきた自分にとっては、窓から見える緑に染まった風景がとても新鮮で、毎朝カーテンを開けるたびに目を輝かせていた。
秋には木々が色づきを増し、彩り豊かな庭となる。
山菜や野草など食べられる植物も庭のあちこちに生えていて、雪解けのふきのとうから始まり、こごみやタラの芽、行者にんにく、山椒……と庭が食材の宝庫となる。
夕飯のおかずに「あと一品ほしいな」というときには本当にありがたく、庭先を少し歩くだけで、食材を調達できるのだ。
とくに、天然のなめこを見つけた時は嬉しくてたまらなかった。

初夏には、桑の実が実る。たぬきやきつねもこの実が大好きで、たぬきは私がいても逃げることなく夢中で食べ続けることも。子熊と遭遇してヒヤッとしたこともあった。
動物、虫、人間。みんなで実を分け合い、私は毎年ジャムにして保存し、冬になってもバターケーキの具材に使うなどして楽しんでいる。
寒い時期に初夏の収穫風景を思い返しながら食べられるというのは、保存食ならではの魅力のひとつだなとつくづく思う。おいしさの中には思い出も含まれているのだ。
秋には栗。“栗しごと”が大変でも落ちているのだからとつい拾ってしまう。
我が家の山栗はほのかな甘みで素朴すぎるほどの味わいなので、どう調理すればこの栗のおいしさを最大限に引き出せるだろうか、と思案するのもまた楽しい時間。

初夏から晩秋にかけては、草刈りや畑の手入れをしながら育てた野菜もいただく。
森の中の暮らしは想像以上に忙しく、巡る季節に追い立てられながら、それでも「旬の物を食べ逃したくない!」という欲望を原動力にして日々を駆け抜ける。そうしてあっという間に冬になり、町は雪に閉ざされていく。

『tohe』店主 柴田 奈穂子
