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人と耳と心で開く、読書の新しい扉。編集後記「あの人の読書の時間と、本棚」August 20, 2025

今回の特集では、計26名の愛読家の方々に話をうかがった。改めて実感したのは、本を読むことも、選ぶことも、人によって、その形はほんとうに千差万別だということ。歌人・穂村弘さんの取材では、古書店主との何気ない会話から未知の一冊へ導かれていく——そんな優しい読書の導線が印象に残った。棚の匂い、店の気配、人の記憶。なにげない情報交換がそのまま、本を読む “次の入り口” になるのだと腑に落ちた。
一方、文筆家・塩谷舞さんはAudibleで広がる“聴く読書”の可能性を軽やかに示してくれた。手が塞がっていても、体調が揺らぐときでも、物語は耳からすっと入ってくる。活字で挫折した長編や、自分では選ばないジャンルにも届く、その懐の深さ。じつは私自身も、映画『国宝』を観た後に、尾上菊之助さん(今年5月に菊五郎を襲名)のナレーションで小説の上下巻をAudibleで聴き終え、声が台詞に生命を宿す体験に心を打たれたばかりだった。

紙・電子・音声——媒体が変われば、同じ物語でも景色は変わる。情報が溢れる時代だからこそ、意識して「自分だけの読書の時間」を確保したい。朝の10分、移動の15分、眠る前の数ページでいい。静かに本と向き合う小さな習慣が、日々の密度をそっと上げてくれるはずだ。今回の特集が、その最初のしおりになりますように。
(編集K)