音楽家・青葉市子×写真家・小林光大が紡ぐ、旅と日々の記憶。Choe「水間黒糖」 | Column | & Premium (アンド プレミアム)

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July 25, 2020 音楽家・青葉市子×写真家・小林光大が紡ぐ、旅と日々の記憶。Choe「水間黒糖」

クラシックギターを片手に国内外を旅する音楽家の青葉市子さん。各地でインスピレーションを汲み上げながら、日々、言葉と音楽を紡いでいます。その旅に同行し風景を切り取っているのが、写真家の小林光大さん。日々の生活に戻っても、互いの存在と作品は呼応し合い、ときには小林さんの写真を通して青葉さんが創作することも。

この連載では、旅と日常とまたぎながら2人が生み出したものを「Choe」と名付け、青葉さんのエッセイと音楽、小林さんの写真を交えながらお届けします。

奄美大島への旅の記録は、これで最終回。龍の郷と呼ばれる町の、黒糖工場を訪れたときのこと。

 

水間黒糖

 
 
 

龍郷町中勝、午前の空に向かって、甘い甘い湯気がたちのぼっている。

私たちは、水間黒糖製造工場の見学をさせていただいていた。
湯気をからだいっぱいに吸い込めば、こっくりと深い甘さに満たされ、瞼が重くなるのが心地よい。

 
 
 

お父さまとお母さまのふたりでひとつの息に、サトウキビの子どもたちが揺られている。 言葉はほとんど交わされず、静かな時間の中にごうごうと強い火の音が鳴り響く。

大きなバケツになみなみと入ったサトウキビの搾り汁を、熱せられた平釡へと移し、石灰を混ぜて灰汁をとり、隣の平釡で煮詰めていく。二つの釡はそれぞれ沸点が違う。

 
 
 

その日のお天気や気温や、火加減の様子を見ながらつくられていく黒糖は、少しずつ舌触りやミネラルの風味が異なり、店舗では炊いた釡ごとに試食ができるようになっていた。

煮詰められた水飴状のサトウキビは撹拌機へ移し、空気と触れさせることで固形化する。そのとき撹拌機の内側に残った黒糖は、とても貴重で美味しい部分だそうで、ヘラで刮いで集められるためほろほろとしており、黒糖通の方々に大切に食べられている。

 
 
 

お母さまが水飴を割り箸に取って手渡してくださった。生まれたてのあたたかい水飴、太陽に当てるとぴかぴかに光っていた。固形の黒糖よりもさらりとした真っ直ぐな甘さがあった。

煮詰めたときの灰汁や、搾ったあとのサトウキビのくずも、肥料になる。サトウキビを肥料として育ったマンゴーはとても甘くなるのだそうだ。

 
 
 

工場の裏にサトウキビ畑があった。背よりずっと高いサトウキビたちが、風の位置を知らせてくれる。

 

 

農家さんが育てる野菜も穀物も、果物も、鳥や豚など食べられる命も、大切に育てられ、大切に扱われているものは、口に入ってきたときに安心があると思った。こちらが安心して食べる、ということだけではなくて、食材自体が安心してその状態まで運ばれているようなイメージ。いま口を開け迎え入れようとしている、生きているものと交わったときの、違和感のなさというのでしょうか。それらが体内にあるとわかると、この身体が愛しくて仕方なくなる。大切にされる、生きてほかほかしている連鎖の中にいられる喜び、うたになる。

お父さまとお母さまと、水間黒糖で働くみなさまの眼差しは柔らかく、あたたかく、仕上げの黒糖をパチンパチンとはさみで細かくする時も、手元の指先まで愛が行き届いていて、袋詰めされている黒糖たちが嬉しそうに見えた。出来立てを包んで「おまけ、道中食べてね」と渡されたかけらを、車のドリンクホルダーに入れた。そのときレンタカーも黒糖を食べた。奄美クレーターで拾ってきた貝たちも食べた。窓から流れ込んできた雨や曇りや晴れの空気たちも食べた。みんなで食べた。きっと龍も食べたかな。

 

 

music & text:Ichiko Aoba photo:Kodai Kobayashi