音楽家・青葉市子×写真家・小林光大が紡ぐ、旅と日々の記憶。Choe「milky way」 | Column | & Premium (アンド プレミアム)

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September 27, 2020 音楽家・青葉市子×写真家・小林光大が紡ぐ、旅と日々の記憶。Choe「milky way」

クラシックギターを片手に国内外を旅する音楽家の青葉市子さん。各地でインスピレーションを汲み上げながら、日々、言葉と音楽を紡いでいます。その旅に同行し風景を切り取っているのが、写真家の小林光大さん。日々の生活に戻っても、互いの存在と作品は呼応し合い、ときには小林さんの写真を通して青葉さんが創作することも。

この連載では、旅と日常とまたぎながら2人が生み出したものを「Choe」と名付け、青葉さんのエッセイと音楽、小林さんの写真を交えながらお届けします。

長野への旅は、美しい川へたどり着きました。

 

milky way

 
 

雨が降って、流れ流れ、海になる、その途中。

わたしたちは、たったひとりで堕ちて来て、ここでいつしか群れになった。群れのあたたかさを知り、孤独というものを知った。孤独は濃く深く、こしあん色の闇夜に向かって伸びていく。

 

森の中に流れる川へと歩いていた。
クマベルが木々や木の葉に反射してこだます。
籠の中の茶器たちが合わせて鳴いている。

 
 
 

6月の長野の水は、あたたかな陽が差し込んでいても、雪解け水のような冷たさ。あまりの冷たさに、それが冷たいとわかるまですこしかかるほど。
倒木の上で一休みしていると、身体はぼうぼうエネルギーを使って、次第に体温があがり、ぽかぽかしてくる。

 
 
 
 
 

「あたまをね、川にね、つけると、からだもこころもね、すーっと、すっきりしますよ。」と、弓子さんに教わって、ひとりずつ順番に、頭をぐっと川の方へ落としていく。

 
 
 
 

旅の仲間のミントちゃんも。

 
 
 

こんなふうに、世界をあまり見たことがなかった。
川魚が、地上の世界を見たくて、川から顔を出した時と同じ位置から、世界を見ている。
頭のてっぺんがすう、として、一筋のきらきらした水の線が身体を通り、また出ていくような感覚。
胸の奥のあたりで、きらきらした水の線が孤独に触れ、ふるると涙が出る。一粒の涙は静かに川に混ざり、水の群れとなって流れていった。いまさっきまでわたしの体内で、涙だった水は、もう川になって、ここにはいない。
ここは孤独で溢れている。暗くてさみしくて、不安な場所。でも、こうして孤独でいられるのは、ほんの少しのときだけなのかもしれない。
流れていった涙は、きっと、もう孤独のことは覚えていないだろう。暗がりを忘れたら、光ることさえも、きっと、もうしない。

 
 
 

milky wayで点滅する、孤独の粒たち。それは遠い夜空の話ではなく、ここでたしかに、手にとるように、起こっていることなのだ。

星屑のさざ波が
孤児たちを濡らしていく。

 

 

 

music & text:Ichiko Aoba photo:Kodai Kobayashi