LIFESTYLE ベターライフな暮らしのこと。
〈Wend Furniture〉家具職人・櫻井智和さんの考える、仕事と暮らし。April 13, 2025
作り手が自分たちの作品を使いながら、どう暮らしているのか。家具職人、陶芸家、デザイナーの3組の自宅&工房を訪ねて、ものづくりと生活のどちらにも通じる、信念や哲学を聞いてみた。〈Wend Furniture〉家具職人・櫻井智和さんの仕事と暮らしに対する考え方を、最新号「暮らしと装いの、スタイルサンプル」より特別に公開します。
見えないところも妥協せず、 自分の好きを追求して貫き通す。

触っていて気持ちいい家具を心がける。
独立して8年になる家具職人、櫻井智和さんは自宅を予約制ショールームとして開放し、自分の作った家具とともに暮らしている。
もともとは生協の店だったという70坪の建物を自らの手で改装。ショールームであり、リビングでもある部屋、キッチンダイニング、工房、倉庫と、平屋の空間を大きく4つに分けた。ドアを開ければすぐに工房へ行けるため、仕事と生活は常に地続き。櫻井さんいわく「ずっと仕事をしています」とのこと。
関西出身だが、独立と同時に関東へ行くことを決意。何も決めないまま上京し、この物件は車中泊をしながら、2週間で見つけた。
「本当は都内がよかったのですが、なかなか見つからず、神奈川・二宮に落ち着きました。ここは〝平屋で四角い〞という僕の理想通りの建物。交通の便もいいので、ラッキーだったと思います」
200坪の敷地があり、駐車スペースも広くとれて仕事にはぴったり。ただ、居住物件ではなかったため、半年かけて、床や壁をはがし、キッチンやバスルームを作り、住めるように一人きりでリノベーションした。
一人で、というのは家具づくりでも同様。椅子の座面になるペーパーコードや籐を編む仕事は専門の職人に頼んでいるが、木の部分は仕上げを妻に手伝ってもらうことはあっても、すべて自分でまかなっている。
使う木材はホワイトオークのみ。
「木目と硬さがとても好きなんです。あまりクラシカルな雰囲気にはしたくないけれど、武骨すぎずフェミニンすぎない、中性的なデザインがいいと思っていて、その僕のデザインに合っている材なんです」
デザインにはかなりのこだわりを持ち、例えばチェストの引き出しの底もラワンベニヤ板ではなく、ホワイトオークを使って見えないところもきちんと仕上げる。ダイニングチェアの背部が動く仕様も、彼がオリジナルで考えた設計だ。
「ダイニングチェアって背中が固定されているものがほとんどなんです。でも、体格や座る位置って人それぞれ。僕自身も合わない椅子があるし、そういうのをなくせたら嬉しいと思って。もたれかかる人の角度に合わせて動く仕様にしています」
その彼が考える〝いい家具〞とはどういうものなのか教えてもらった。
「やはり手触り。どこに触れても心地いいものがいい。アームに籐を巻いている椅子もあるのですが、これは装飾だけでなく、夏に汗をかいてもさらっと快適に使えるという役目もあります。せっかく長く使ってもらえるなら、ずっと触っていたくなる家具にしたいんです」
自宅をショールームとしているのは、経年の様子も見てほしいから。
「まっさらな状態からちょっと傷がつくとショックを受けたりしますが、全然気にせずに、なんなら傷がたまったほうが格好いいですよ、というのを伝えたいとの思いもあります」
家具は長く人生の相棒ともなるもの。妥協のないものづくりが、暮らしの質を深めてくれる。
シンプルな道具や工業製品に惹かれる。
生活のすべてに好きなものしか置かない、という櫻井さんには、人生で大きな影響を受けた人がいる。それが、大阪で仕事をしていた頃にお世話になった、ショップオーナーの唐津裕美さんだ。
「彼女の世界観がものすごく好きなんです。お店もそうですが、自分の好きなものしか置いていない。しかも細部まで一切、ぶれない。また、僕も猫を2匹飼っているのですが、犬や猫に対する愛情もとても強い。そういうところも人間的に尊敬しています。憧れの存在ですね」
現在の櫻井さんの暮らしや考え方には唐津さんと通じるところがある。その一つが、手間がかかったとしても、自分が納得できる、好きな世界観を諦めないという気持ち。
例えば、工房は色が統一されている。これは緑や青の電動工具や大型機械を、一つ一つ黒でペイントしているから。養生するための毛布も適当なものではなく、ミリタリーものを使っている。そのテイストは、自宅スペースも同じだ。照明はインダストリアルなヴィンテージを使用。
「昔から好き嫌いははっきりしていて、余計な装飾のない、工業製品が好きなんです。目的のために生まれた道具って美しいんです」
露出配管を使ったキッチンも目を引く。「海外の工業配管がバーッと並んでいるのが格好いいと思って、家庭の水回りではない感じで作りたかったんです。パーツはホームセンターで買ってきて、オリジナルで考えました。蛇口の先についているのは100円均一のものです(笑)」
素材は鉄や真鍮、石など無垢なものが好きで、食器棚の上にもインドの石のスパイス入れや角を加工した薬入れなど、気に入った小物が並ぶ。
「逆に現地の人が適当に作ったラフな感じのものが僕には作れない。工業製品だけでなく、古い手仕事も好きなのは、作った人の個性が出ているからかもしれません」
ふだんの乗り物にもこだわりは強く表れている。車は1998年製のディフェンダー。
「独立前に購入して、10年乗っています。納品も軽トラではなく、こういうので行ったら素敵じゃないですか。もともと軍用車なので簡素に作られています。メンテナンスはしていますが、トラブルもなく快適。一生、乗り続けたいと思っています」
バイクも自分でカスタム。タンクやヘッドライトは極力小さくして、フレームと車輪のみといっていいほど、装飾を省いて、必要なものしか取り付けていない。
しかし、まったくシンプルならいいというわけでもないのが櫻井さんらしさでもある。キッチン台の扉はフラットではなく、面落ちがされていて、凹凸がついている。
「フラットにすると塊に見えて重たくなるんです。それに凹凸があると光が当たったときに陰影ができる。そういう美しさも好きなんです」
エレガンスさと武骨さがミックスされた櫻井さんの家具や空間には、自分の好きを突き詰めるからこそ生まれる、独自の美が宿っている。
PROFILE
櫻井智和
2017年に神奈川・二宮で〈Wend Furniture〉をスタート。木のほか真鍮、籐やペーパーコードなど多様な素材を合わせて手触りのいい家具を作る。今年中をめどに自宅兼ショールームを撮影スタジオとして貸し出すことを考えている。
photo : Takashi Ehara edit & text : Wakako Miyake