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日本初のファクトリーブランド〈ANSPINNEN〉が次世代へつなぐカシミアニット。Shape of Style to Come 01 / January 25, 2021

機能的、肌触りがいい、耐久性がある、美しい……。『アンドプレミアム』が服選び、もの選びの際に大切にしてきた“つくりのいいもの”という考え方。そして今、未来を考えたものづくりには、技術の継承、パートナーシップ、自然への感謝、サステナビリティ……という、対象を思いやる視点が欠かせません。そうしたものづくりを行うブランドの中から、〈ANSPINNEN〉のつくりのいいものが生まれる現場を訪ねました。

Shape of Style to Come 01 : ANSPINNEN

自社製カシミア糸を手動式横編機で職人が編 んだニットストール。各¥25,000
自社製カシミア糸を手動式横編機で職人が編んだニットストール。各¥25,000

原料から製品まで。価値ある技術を未来へ紡いでいく。

〈スピ ネン〉はチームで作るブランド。右から小金毛織代表の 石井仁郎さん、秋田小金代表の山科明男さん、ディレク ターの大井幸衣さん、ブランド担当の石井龍希さん。
〈スピ ネン〉はチームで作るブランド。右から小金毛織代表の石井仁郎さん、秋田小金代表の山科明男さん、ディレクターの大井幸衣さん、ブランド担当の石井龍希さん。
原毛を空気流で〝飛ばす〞。この 作業により、混紡ムラを防ぐことができる。
原毛を空気流で〝飛ばす〞。この 作業により、混紡ムラを防ぐことができる。

 極上の柔らかさと上質な肌触りで「一度手にしたら放せなくなる」「色違いで揃えたい」「リピートしたい」など、ニットに特化した〈スピネン〉は、使い手をそんなふうに唸らせる人気のファクトリーブランドだ。
 手がけているのは、千葉県にある小金毛織。昭和27年に創業した同社は、日本で羊毛を扱うパイオニア企業であり、現在は創業の地である千葉を本拠としている。製作はすべて秋田県湯沢市にある秋田小金の工場で行い、原料の輸入から紡績、撚糸までを一貫して行う、日本で唯一の紡毛紡績メーカーだ。カシミア糸の紡績ができる会社は国内にわずか3社しかないが、そのうちの1社でもある。紡績とは「糸作り」。動物から採毛した綿状の原毛を混ぜ合わせ、繊維を整え、引き伸ばし、一本の糸にしていく。その糸を数本撚って、あらゆる太さの糸にするのが撚糸だ。質が高いといわれるニットは、原毛の質とともに、この紡績技術によるところが大きい。

 現在は、羊毛やカシミア以外にもブルーフォックス、アルパカ、キャメル、アンゴラ、ヤク、ミンク、ビーバーと全9種の原毛を取り扱い、それぞれの特性を見極めながら糸にしている。紡績業は特殊性が高いので本来は分業制が多いが、ここでは原毛から糸にするまでの、染色以外の工程を1か所で行うことにこだわる。それにより安定して良い糸を作ることができ、製品になったときの顔が違ってくるのだという。

〈スピネン〉は、同社のファクトリーブランドとして、2年前に誕生した。糸を作っている会社のファクトリーブランドはあまりないそうだが、ブランドは、代表の石井仁郎さんと若手社員3人、そして、ニットブランド〈エヌワンハンドレッド〉を手がけた大井幸衣さんがタッグを組んだチームによるもの。石井さんはこう話す。

「国内の紡績はコストの安い海外生産が取って代わり、衰退の一途をたどっています。日本でしかできない、〝メイド・イン・ジャパン〞のものづくりの良さを伝えたいと思っていたところ、長くお付き合いのある大井さんからお声がけいただいたのです」

"損をしない、無駄を出さないものづくり〞を目指す。

原毛を混ぜながら整えていくカード機は、創業当 時から使用。時が経っても、現在までその性能を超える ものはないという。
原毛を混ぜながら整えていくカード機は、創業当時から使用。時が経っても、現在までその性能を超える ものはないという。
小金毛織では9 種類の原毛を 取り扱う。手元はアンゴラの原毛。
小金毛織では9 種類の原毛を取り扱う。手元はアンゴラの原毛。
伸ばしながらね じることで、強度を出しながら均一な糸ができる。番手 によって3 、4 時間から半日までかかる。いい原料を使 い、技術力を上げていくのがモットー。
伸ばしながらねじることで、強度を出しながら均一な糸ができる。番手 によって3 、4 時間から半日までかかる。いい原料を使い、技術力を上げていくのがモットー。
撚糸の前に行うコーンアップの作業。全国で5 台しかない最新の機械のうち2 台を導入している。昔ながらの機械と最新機器を融合させ、それぞれの機械の良さを引き出し、生産効率を上げていく。
撚糸の前に行うコーンアップの作業。全国で5 台しかない最新の機械のうち2 台を導入している。昔ながらの機械と最新機器を融合させ、それぞれの機械の良さを引き出し、生産効率を上げていく。

 長年アパレル業界で働いてきた大井さんは、経験豊富で業界にも精通している。付き合いのある会社の中でも、小金毛織は特に信頼を寄せているメーカーであり、同社の紡績技術を未来に残してほしいと思ったという。

「原毛から糸作りまでの技術があるので、海外のブランドのように、さらにその先の製品まで落とし込んだものづくりをされたらどうかと提案したんです。素晴らしい技術がありますし、原料から製品まで、一貫してできる環境は多くはありません」(大井さん)

 本社には熟練のニッターが在籍しているので、手動式横編機での製品作りまでが可能。フィニッシュまで自分たちの目の届く範囲でものづくりができるのは大いなる魅力だという。ブランド名の〈ANSPINNEN(スピネン)〉はドイツ語で〝紡ぐ、つなぐ〞を意味する。そこには古きよき日本の技術を未来へ紡ぎつなげていくことと、生産者と消費者をつなぐブランドでありたいという願いも込められている。

「石井社長の原料の提案は面白くて、違った糸同士を撚糸したり、リネンやシルクと撚糸したりと、色に深みを出すために原料段階から独創性を追求しています。例えばそういった提案も含めて、クリエイティブな側面も引き継げるように、私たちも若手を育てることに注力しています。さらにはチームのブランドでもあるので、絶対に〝損をしない、無駄を出さないものづくり〞を目指しています」(大井さん)

〈スピネン〉がどこも真似のできない技術力とクオリティを武器に、ニットブランドとしての地位を確立すれば、自ずと技術は継承されていく。それはつまり、価値ある〝メイド・イン・ジャパン〞の技術を残すことにもつながる。途切れることなく次世代へとつなぐために、まずは仕組みづくりから考える。ここには未来を見据えたものづくりが、確かにある。

原毛は圧縮して送られてくるので、調合機で開毛する。繊維を傷めず、柔らか さをキープするため、すべて熟練の職人による手作業で加工される。
原毛は圧縮して送られてくるので、調合機で開毛する。繊維を傷めず、柔らかさをキープするため、すべて熟練の職人による手作業で加工される。
コーンアップの作業。
コーンアップの作業の様子。
〈スピネン〉のディレクションを手がける大井さん。「原料を自社で作ることができれば廃れない。不良在庫にならず、次の年も販売できるので、無駄のないものづくりが実現できます」
〈スピネン〉のディレクションを手がける大井さん。「原料を自社で作ることができれば廃れない。不良在庫にならず、次の年も販売できるので、無駄のないものづくりが実現できます」
紡績の中間過程。カード機で繊維を揃え、長さを揃えて太いひも状にする。糸の前の篠(しの)を作る。
紡績の中間過程。カード機で繊維を揃え、長さを揃えて太いひも状にする。糸の前の篠(しの)を作る。

ANSPINNEN スピネン

問い合わせ先
小金毛織株式会社 ブランド事業部
TEL: 04-7172-1371

photo : Norio Kidera edit & text : Chizuru Atsuta
※『&Premium』No. 83 2020年5月号「これからの、つくりのいいもの」より

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