MOVIE 私の好きな、あの映画。
ピエール=アレクシィ・デュマさん、皆川明さんらが出演。映画『フィシスの波文』がまもなく公開。February 25, 2024
人と自然と文様の連関を映し出すドキュメンタリー。
『唐長』十一代目(唐紙屋長右衛門)の千田堅吉さん、芸術人類学者の鶴岡真弓さん、〈エルメス〉アーティスティック・ディレクターのピエール=アレクシィ・デュマさん、〈ミナ ペルホネン〉デザイナーの皆川明さん——2024年春、さまざまな人と場所を巡り、文様にかたどられたフィシス(あるがままの自然)を辿るドキュメンタリー映画『フィシスの波文』が公開される。
映画の起点となるのは、今年で創業400年を迎え、和紙に文様を手摺りする唐紙を継承してきた京都の工房『唐長』。植物文、雲や星を表す天象文、渦巻や波文などが刻まれた江戸時代の板木に泥絵具や雲母を載せ、和紙に文様を写していくさまは瞠目に値する。『唐長』当主の千田さんは「主役はあくまでも文様。思い入れを入れてはいけない仕事」と、日々作業を繰り返していた。
この映画を企画・製作したプロデューサーの河合早苗さんは次のように語っている。
「唐長に伝わる650枚の文様の多くは吉祥文様であり、日本人の自然観、宗教観と深く結びついている。森の精気を含んだ板木、万年の記憶を砕いた岩絵の具、水と太陽によって白く晒された和紙。自然の記憶と手との対話から、文様は和紙へと反転され唐紙となる。板木と和紙のあわいでは、内と外、過去と未来を行き来する絶え間ない循環が起こり、写し取られた手仕事による不揃いは、美しいゆらぎの全体を生み出す。そして唐紙は永遠の時間を獲得するのである」
「日本人は文明社会を生きながら、一方で記憶の古層と未だに深く結びついでいるように思える。唐長の唐紙が400年間途絶えることなく、今も人々の暮らしに息づいている理由がそこにあるのかもしれない」
カメラはあるがままの自然のかたち、動き、リズム、色合いといった自然の様からイタリアの岩壁に描かれた線刻、古代ローマの聖堂を飾るモザイクなどを丁寧に映し出していく。
芸術人類学者の鶴岡真弓さんは、京都の祭礼にインドやケルトなどユーラシア文明に共通する文様が用いられてきたこと、北と南の文明の出会いによって生まれた動物文様の陣羽織を豊臣秀吉が身につけていたことなどに触れて「人々に生命力を与えるのが文様の根源的な使命」という。
唐紙に注目する〈エルメス〉のアーティスティック・ディレクター、ピエール=アレクシィ・デュマさんは「工芸によって形を変える行為は、混沌の中に宇宙を見出すこと」と語り、〈ミナ ペルホネン〉デザイナーの皆川明さん、美術家の戸村浩さんは、自らの創作における文様ついて真摯に語った。終盤、密やかに行われるアイヌの儀式や山の神への祈りの映像は、人と自然と文様との関係性をより鮮明に浮きあがらせ、静かな余韻を残す。
『幸福は日々の中に。』『島の色 静かな声』などの作品で注目を集めてきた監督の茂木綾子さんは「唐長の唐紙文様はとてもシンプルで洗練され、大変心落ち着くものです。また、世界中の様々な暮らしの中にある文様は、ずっとそこにありながら、実はとても不思議な存在に感じられます。きっと遠い昔から、人が自然を神々として捉え、その美と力に近づこうと文様の原型が生まれたのではないでしょうか。私も同様に、自然の完璧な美に常に感動し、太古から続く自然を愛する人々の営みに対する共感とともに、この作品を制作しました」とコメントを寄せている。
『フィシスの波文』は2024年4月6日(土)より、シアターイメージフォーラムほか、全国の上映館にて順次公開予定。
Information『フィシスの波文』
2023年/85分/日本
監督・撮影・編集:茂木綾子
出演:千田堅吉(唐長十一代目 唐紙屋長右衛門)、千田郁子(唐長) 鶴岡真弓(芸術人類学者)
ピエール=アレクシィ・デュマ(エルメス アーティスティック・ディレクター)、戸村 浩(美術家)、皆川 明(ミナ ペルホネン デザイナー)、門別徳司(アイヌ猟師)、貝澤貢男(アイヌ伝統工芸師)ほか
サウンド:ウエヤマトモコ
音楽:フレッド・フリス
タイトル考案:中沢新一(人類学者)
宣伝美術:須山悠里
プロデューサー:河合早苗
text : Yu Miyakoshi