MOVIE 私の好きな、あの映画。
〈Verseau〉代表、アーティスト村田美沙さんが語る今月の映画。『人のセックスを笑うな』【極私的・偏愛映画論 vol.119】October 25, 2025
This Month Themeお茶を楽しむ時間が描かれている。

好きな人とお茶を飲む、静かなひととき。
高校生だった私は、『人のセックスを笑うな』という題名の意味をうまく受け止められなかった。どんな物語なんだろう。好きな俳優が出演しているからきっといやらしい映画ではないはず。まだその頃は、山崎ナオコーラの原作小説を読んでおらず、少し心配になりながら小劇場に観に行ったことをぼんやりと思い出す。
物語は早朝の畦道の景色から始まる。すでにこの余白の中に引き込まれていく。松山ケンイチ演じる美大生のみるめが通う美術大学、その学校の講師である永作博美演じるユリのアトリエと自宅。そして常に曇り空の天気。すべての風景と暮らしの時間が曖昧な状態で、それはみるめやその友人たちの若さからくる揺らぎ、ユリの大人としての揺らぎが重なる。
みるめとユリがよく一緒に過ごしているアトリエの風景が印象に残っている。きっと冬に差し掛かった頃の地方なのだろう。アトリエにある石油ストーブと優しい赤色のケトルが2人の恋の模様に必ず映る。ユリが羽織るカーディガンもケトルと同じ色をしている。赤色のケトルがあるだけで、この曖昧な恋愛を温かく見守ってくれている気さえする。
もうひとつ記憶に残る場面がある。ユリとユリの旦那、みるめの3人が信玄餅を食べながらお茶をすすっている場面。みるめは恋をしている相手に旦那がいることに驚きながらも、お茶の時間はゆっくりと流れていく。この場所にもストーブとケトルがある。ユリがケトルから急須にお湯を注ぐ姿はなんとも雑で日常的なのだがそれが良い。3人にはシリアスな雰囲気があるわけではない、ただただその時間が流れている。
もう一度言うが、高校生の頃の私はこの曖昧さを消化しきれず、DVDを買って何回か観た。それくらいにこの物語の空気感が好きだった。ようやく大人になった今だからこそ感情移入できる場面がある。そして 「ケトルとお茶」という存在にさえ物語を感じるようになった。今では仕事を通してお茶の時間について考える時間が当たり前になり、人生の大切な時間になった。過去の自分に立ち返った時、なぜだか分からないけど好きだった空気感が、今も好きなものであるということが私は少し嬉しくなった。そしてお茶を淹れる時間も、恋をして誰かを想う時間も、日常という同じ曖昧な時間にしか生きられない。私はそれが好きなのだ。


『人のセックスを笑うな』
Director
井口奈己
Screenwriter
本調有香
Year
2008年
Running Time
137分
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『人のセックスを笑うな』
DVD&Blu-ray発売中
5,170円(税抜価格 4,700円)
販売元:ハピネット・メディアマーケティング
©2008「人のセックスを笑うな」製作委員会
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illustration : Yu Nagaba movie select & text:Misa Murata edit:Seika Yajima



























