LIFESTYLE ベターライフな暮らしのこと。
育み写すことで、暮らしに寄り添う。写真家・椿野恵里子さんの、植物を育てる暮らし。April 14, 2023
2023年4月6日発売の特別編集MOOK「花と緑を愛でる」。花の飾り方、植物との暮らしの実例を中心に、本誌がこれまで特集してきた、ボタニカルなBetter Lifeを一冊にまとめました。ここでは、花の写真家・椿野恵里子さんの、植物を育てる暮らしを紹介します。
Life with GreensGROWING & RECORDING
日々を豊かに過ごすパートナーとしての植物。
柔らかな春の陽光に包まれた庭で、草花を摘んでいるのは〝花の写真家〞椿野恵里子さん。島根・松江に暮らし、「花と果実」と名付けたカレンダーを作る。植物を写すことで季節を切り取り、言葉を添えた便りのような作品は時に絵画のようでもある。その撮影が行われる自宅を訪ねた。
「両親、特に父はあらゆる植物を育てるのが好きで、家の裏には花も野菜も植わっていました。そんな環境で育って本当の豊かさの意味を教えられたのは、両親からもらった一番の宝物」と原体験を振り返る。やがて花を仕事にしたいと様々な経験をするうちに、暮らしに寄り添う植物を提案することが、自分の求めるものと気づいたという。とはいえ手本はなく試行錯誤。転機となったのは1999年、手づくり市に誘われ、独学で撮りためていた花の写真をカレンダーにしたことだった。
「植物を写して表現したかったのは移り変わる季節。毎日の暮らしの中で使うカレンダーにしたことで、植物のリズムで季節が伝わり、四季の移ろいを届けられたのでは」
以来、結婚を機に大阪から松江へと拠点を移しても23年にわたり続けられている椿野さんのライフワーク。
「植物は生きているから日々変わります。花が咲いても季節やお天気で光も違うので、いつもタイミングが合うとは限りません。カメラは大体の用意をしておいて、あっ今!と心が動いたときに撮ります。ごはんを
作る合間にシャッターを押すことも。撮りたいときに撮りたいものしか撮らないから、飽きることはありません」
スタジオの役割も兼ねた自宅は、撮影を考えている植物から、水揚げして窓辺に置いた野菜まで、椿野さんの暮らしに彩りを添える植物に溢れている。そのほとんどは陶芸家の夫、安部太一さんのアトリエに隣接する庭や畑で育てたもの。子どもが生まれて一緒に畑を耕すようになり、6 年ほど前から本格的に庭に手を入れ始め、カレンダーに写る多くの植物が庭で育てたものになりつつある。イチジクやビワといった果樹から、ミモザやアジサイなどの花木、クロモジなどの和製ハーブが植えられ、足元には水仙や野ミツバなどが芽吹く。以前からある樹木も一度切って小さく仕立て直すなど、新旧の植物が共存する庭は、子どもの頃に花を摘んだ草むらを思い描いているという。アトリエ脇の雑草が美しいと伝えると、「冬枯れしたものを取り除くことで新芽がうまく伸びるし、増えすぎて困るものは小さいうちに切り全体のバランスをとります。美しいと思う雑草は時に抜いてきて植えることも」と教えてくれた。惜しみない手間ひまと、植物への愛情が作り上げるここにしかない庭。
「種類をもっと増やし、自分で育てた植物だけでカレンダーを作るのが理想。庭や畑で育てることで植物のすべてを感じることができて、より身近な存在になりました。花も野菜もすべて植物だし、人にとって植物なしの生活は考えられない。大きな循環の中に人も植物もある。写真を通して共に生きる喜びを伝えたい」
椿野恵里子 花の写真家
20歳の頃から独学で写真を撮り始め、季節の花や果実をフィルムカメラで撮影する。カレンダー制作を活動の中心に、草花の会などを不定期に開催。
photo : Yoshiko Watanabe text : Mako Yamato