MOVIE 私の好きな、あの映画。

『trèfle』店主 木之下渉さんが語る今月の映画。『魔女の宅急便』【極私的・偏愛映画論 vol.101】April 25, 2024

This Month Theme植物や花との向き合い方が美しい。

街角や日常で、生き生きと描かれる草花の姿。

主人公キキが野原で寝転ぶ周りには、生命力に満ちた初夏の草花たちが風に揺れ、それぞれが勢いよく生き生きと踊っている。駆け抜ける道端や家の庭、母親の作業部屋にも豊かな緑や色とりどりの花々が。冒頭のシーンだけでも沢山の植物や景色を楽しませてくれる名作、『魔女の宅急便』。

「植物や花との向き合い方が美しい」というテーマをいただいたときに、ぱっと頭に浮かんだのがこの作品でした。背景を担当した美術監督・大野広司氏のインタビュー記事によると、キキの故郷の家の庭の草花はスウェーデンの現地取材に基づいた正確な植生を描いており、キキが訪れる街「コリコ」はゴットランド島や首都のストックホルムの街並みを参考にしているそうです。そのため、花の季節感や色合いなどが矛盾なく描かれており、架空の街並みにも調和を感じるのかもしれません。

そして正確な植生だけではなく、場面や人物に適した花々が選ばれていているように思います。たとえば、「街並みの華やかさ、豊かさ」には、壁一面の緑あふれる中に咲くバラや窓辺の赤いゼラニウム。「『グーチョキパン店』のおソノさんの明るさ」には、ぽってとりした陶器の花瓶に飾られた向日葵。「修行中の身であるキキが下宿している部屋」には、健気な一輪の雛菊などがとても丁寧に描かれています。そしてそれらは、生き生きとごく自然に描かれているため、観ている私たちは物語の中にすっと入っていけるのではないでしょうか。

さて、今回のテーマからは少し逸れますが、この作品を観るたびにいまも引き込まれる箇所がいくつかあります。キキが期待と現実の差異からスランプに陥り、相棒の猫、ジジと話せなくなり、それまでのようにほうきで飛べなくなってしまう場面。その飛べなくなってしまったキキの感覚に私は未だ感情移入してしまいます。それはきっと、一方的な理想を抱いて社会と関り、思い通りにいかない現実に直面し、結果的にゴールがわからなくなってしまっていた過去の自分を思い出してしまうからなのかもしれません。

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スランプだったキキは、仕事を通して出会った幾人と徐々に信頼できる関係を築き、最後にはデッキブラシでも飛べるようになります。高校生の頃にこの作品と出会ってから30年以上となりますが、再び飛べるようになる場面に胸踊ります。
Title
『魔女の宅急便』
Director
宮﨑 駿
Screenwriter
宮﨑 駿
Year
1989年
Running Time
102分

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『魔女の宅急便』 ブルーレイ、DVD発売中
©1989 角野栄子・Studio Ghibli・N
発売元:ウォルト・ディズニー・ジャパン
価格:DVD 5,170円(税込)ブルーレイ7,480円(税込) 
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illustration : Yu Nagaba movie select & text:Wataru Kinoshita edit:Seika Yajima


『trèfle』店主 木之下渉

フランス語で「シロツメクサ」という意味を持つ、渋谷の宇田川遊歩道の裏手にある花屋。清らかで美しい花々、空間に心地よさを添えてくれる花束など草花の多様な美しさを引き出すことを大切にしている。土信田有宏とのツイン・ギターデュオ「The Young Group(ザ・ヤンググループ)」の音楽活動を経て、現在はソロ活動を行う。

instagram.com/trefle_tokyo

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