フランク・ロイド・ライトThis Month Artist: Frank Lloyd Wright / January 10, 2017

Author

河内 タカ

Fallingwater
Frank Lloyd Wright
1867 – 1959 / USA
No. 038

ウイスコンシン州に生まれ、大学中退後にシカゴに移り住み、設計事務所に勤め建築家としての道をスタートし1893年に建築家として独立。1905年に初来日、1912年から日本の帝国ホテル建設に着手した。ヨーロッパの古典様式の影響下にあった当時のアメリカに近代建築の幕開けをもたらし、20世紀の建築と装飾芸術の発展に多大な影響を与えたライトは、ル・コルビュジエ、ミース・ファン・デル・ローエと共に「近代建築の三大巨匠」と呼ばれ、生涯に渡り400余件もの作品と400件以上のプロジェクトを残した。

滝の上に建つ世界一有名な邸宅を設計した
フランク・ロイド・ライト

 1935年、すでに68歳になっていたアメリカを代表する建築家であるフランク・ロイド・ライトが設計を手がけた「落水荘」 は、米国ペンシルバニア州のミルランの森林の滝の真上という際どい立地に建てられた、現地では「フォーリング・ウォーター」と呼ばれている超有名建築物です。その際どいロケーションのため施工も難航したのですが、この依頼人というのが大手デパートのオーナーだったエドガー・カウフマンという人で、自分の息子が建築を志ざしライトの下で働いていたことがあり、その経緯でライトに設計を頼んだそうです。実はこのカウフマンという人は、後にリチャード・ノイトラにカルフォルニア・モダンを代表する「カウフマン邸」をパームスプリングスに作らせたことでも知られていて、当時の先端的な建築家たちにとってパトロン的な人物でもありました。

 日常使いの住宅としてではなく、週末を過ごす別荘のためということで、すでに購入していた森の視察をしながら、ライトはカウフマンに建てたい場所を尋ねたところ、「あそこの滝の上に突き出している大きな岩の上なんてどうだろうね?」と答えたそうです(もしかしたら冗談だったのかもしれないですが….)。その場では特に反応を示さなかったライトだったものの、ほどなくしてライトが提示した設計図は本当にその滝の真上に鎮座した、平面が交互に重なり合うなんとも風変わりな建物でした。しかも、カウフマンが気にいっていた岩がそのまま暖炉の周辺に使用されていたり、崖から突き出したテラスはプールにある飛び込み板と同じ構造を持つ特殊な工法を取り入れられていたりと、その大胆な発想にカウフマンも度肝を抜かれたといいます。

 それから、ライトの肝いりのプランに従い着工されたのですが、「デザインとは自然の要素を純粋に幾何学的な表現手段によって抽象することである」という考えを実践していたライトだっただけに、その外装も自然石のように粗く積み上げた石の外壁に調和するような色に塗られたコンクリート壁が施され、自然と建築の共生が実践された建物でもあったのです。その一方で、建材や構造的な事情でどんどん工費が上がっていくことになり、加えて危険ともいえる立地のため、仕事を請け負った建築業者からこの建造に強く反対されたものの、ライトはまったく意に介さずに作業を強引に継続させました。

 1937年、落水荘は幾多の障害を乗り越えてなんとか完成はしたものの、長年の膨大な水量が流れ続ける滝の真上というコンデイションに耐えらなくなり、テラスの先端部分が20cmも垂れ下がってしまいました。そのため、2002年から長期に渡る改修が施されることになってしまい、今現在はライトのオリジナルの設計図には存在しなかった補強鉄骨がテラスの下に施されている状態だそうで、そのことでぼくが思い起こすのが、ライトと並び賞されるほどのモダニズム建築家であるミース・ファン・デル・ローエが設計を手がけた「ファンズワース邸」です。

 なぜかというと、その両方も自然の中に溶け込んだようなクールかつエレガントな佇まいであるものの、ファンズワース邸もすぐ近くに流れる川の氾濫によってなんども床上浸水し自然の脅威に頻繁に晒されてきたという共通点があるのです。もともとは自然と融合することを意図して建てられたにもかかわらず、両方ともその自然の力によって危機に晒されることとなり、20世紀建築を代表するような巨匠たちでさえもそこまでのリスクを想定できなかったということになるのですが、まあ、それでもこの落水荘は今も毎年12万人もの人々が訪れるほど魅力的な邸宅ということは疑いのないことなんですけどね。

Illustration: Sander Studio

Frank Lloyd Wright

『Frank Lloyd Wright』(Taschen America Llc)アメリカの偉大な建築家の一人、フランク・フロイド・ライト。彼の弟子であったブルース・ブルックス・ファイファーがライトの作品と人生を辿る、読み応えのある一冊。


文/河内 タカ

高校卒業後、サンフランシスコのアートカレッジに留学。NYに拠点を移し展覧会のキュレーションや写真集を数多く手がけ、2011年長年に及ぶ米国生活を終え帰国。2016年には海外での体験をもとにアートや写真のことを書き綴った著書『アートの入り口(アメリカ編)』と続編となる『ヨーロッパ編』を刊行。現在は創業130年を向かえた京都便利堂にて写真の古典技法であるコロタイプの普及を目指した様々なプロジェクトに携わっている。この連載から派生した『芸術家たち 建築とデザインの巨匠 編』(アカツキプレス)を2019年4月に出版、続編『芸術家たち ミッドセンチュリーの偉人 編』(アカツキプレス)が2020年10月に発売となった。

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