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自ら作陶した道具で、"植物"を味わう。陶芸家・茶人、市川 考さんのお茶の楽しみ方。November 18, 2025

コーヒーとお茶にまつわるBetter Lifeのヒントを集めた、&Premium144号(2025年12月号)「コーヒーとお茶と、わたしの時間」より、陶芸家・茶人、市川考さんのひと息つく時間、そのスタイルを訪ねました。

自ら作陶した道具で、"植物"を味わう。陶芸家・茶人、市川 考さんのお茶の楽しみ方。
陶工房で茶を振る舞う市川孝さん。市川さんの前にあるのは、缶と木箱を組み合わせた茶車。右側にある筒が、現地の道具を参考に自作したチベットのバター茶用の攪拌器。

茶葉と身近な植物を取り合わせる、市川さん即興の一杯。

自ら作陶した道具で、"植物"を味わう。陶芸家・茶人、市川 考さんのお茶の楽しみ方。 | 蓮の葉に包み薫香をつけたチベットの茶
チベットの市場で手に入れた、人々の暮らしと共にある茶葉は、蓮の葉で包み、薪火で炙って香りを纏わせるアレンジを。
蓮の葉は庭で育てている。
蓮の葉に包み薫香をつけたチベットの茶
チベットの市場で手に入れた、人々の暮らしと共にある茶葉は、蓮の葉で包み、薪火で炙って香りを纏わせるアレンジを。 蓮の葉は庭で育てている。
自ら作陶した道具で、"植物"を味わう。陶芸家・茶人、市川 考さんのお茶の楽しみ方。 | 工房にはオンドルの
役目も備えた火床がある。ゲストは自ら茶葉を炙ることで、茶への興味をいっそう掻き立
てられる。
工房にはオンドルの 役目も備えた火床がある。ゲストは自ら茶葉を炙ることで、茶への興味をいっそう掻き立 てられる。
自ら作陶した道具で、"植物"を味わう。陶芸家・茶人、市川 考さんのお茶の楽しみ方。 | 煮茶器に入れて軽く煮出し、山椒の葉で爽やかな香りを添えて味わう。
煮茶器に入れて軽く煮出し、山椒の葉で爽やかな香りを添えて味わう。
自ら作陶した道具で、"植物"を味わう。陶芸家・茶人、市川 考さんのお茶の楽しみ方。 | 季節をひと碗に凝縮する"植物のスープ"
茶葉を使わず、植物だけで作る茶外茶も市川さんが愛する茶のひとつ。晩夏のこの日は、イチジクの葉、イチゴの葉、レモングラス、青柚子、沢で摘んだカキドオシを合わせた。材料はその時々で、庭や畑で目に留まった植物や、野山で見つけた野草。
季節をひと碗に凝縮する"植物のスープ"
茶葉を使わず、植物だけで作る茶外茶も市川さんが愛する茶のひとつ。晩夏のこの日は、イチジクの葉、イチゴの葉、レモングラス、青柚子、沢で摘んだカキドオシを合わせた。材料はその時々で、庭や畑で目に留まった植物や、野山で見つけた野草。
自ら作陶した道具で、"植物"を味わう。陶芸家・茶人、市川 考さんのお茶の楽しみ方。 | イチジクの葉を軽く焙じてから茶に。
イチジクの葉を軽く焙じてから茶に。
自ら作陶した道具で、"植物"を味わう。陶芸家・茶人、市川 考さんのお茶の楽しみ方。 | 口の広い煮茶器を使うことで、目でも楽しめる仕掛け。
口の広い煮茶器を使うことで、目でも楽しめる仕掛け。
自ら作陶した道具で、"植物"を味わう。陶芸家・茶人、市川 考さんのお茶の楽しみ方。 | 葛の花の香りを添えた熟プーアル茶
「発酵と熟成を経て作られる深い香りの1960年代の熟プーアル茶に、溌剌とした摘み草を加えると、よりいっそう引き立ちます」 
葛の花を見つけ嬉しそうな市川さん。
葛の花の香りを添えた熟プーアル茶
「発酵と熟成を経て作られる深い香りの1960年代の熟プーアル茶に、溌剌とした摘み草を加えると、よりいっそう引き立ちます」 葛の花を見つけ嬉しそうな市川さん。
自ら作陶した道具で、"植物"を味わう。陶芸家・茶人、市川 考さんのお茶の楽しみ方。 | 夏から秋にかけ、藤のような花を咲かせる葛。
夏から秋にかけ、藤のような花を咲かせる葛。
自ら作陶した道具で、"植物"を味わう。陶芸家・茶人、市川 考さんのお茶の楽しみ方。 | 煮茶器は穴をあけて茶漉しの機能も備える。学生時代は彫刻を専攻しており、金属製の茶則など、自作する道具の種類も多い。
煮茶器は穴をあけて茶漉しの機能も備える。学生時代は彫刻を専攻しており、金属製の茶則など、自作する道具の種類も多い。
自ら作陶した道具で、"植物"を味わう。陶芸家・茶人、市川 考さんのお茶の楽しみ方。 | 市川さんが暮らす湖北は、琵琶湖の美しさもひと際。ゲストのリクエストに応えて、琵琶湖畔で茶を淹れることもしばしば。
市川さんが暮らす湖北は、琵琶湖の美しさもひと際。ゲストのリクエストに応えて、琵琶湖畔で茶を淹れることもしばしば。
自ら作陶した道具で、"植物"を味わう。陶芸家・茶人、市川 考さんのお茶の楽しみ方。 | 四川の黒茶(藏茶)に塩を入れて煮た後、バ
ターを加えて攪拌したのがバター茶。現地では砂糖やはったい粉を入れることも。
四川の黒茶(藏茶)に塩を入れて煮た後、バ ターを加えて攪拌したのがバター茶。現地では砂糖やはったい粉を入れることも。

植物と水と火から生み出される、茶遊びでもてなす。

 茶道具一式を詰めた茶車を携えて現れ、何もない場所にたちまち茶席をしつらえ、茶を振る舞う。空間も人も、そのひとときの茶の時間へと引き込んでしまう。陶芸家の市川孝さんは、自作の道具とともに、独創的な茶を生み出す茶人でもある。

 きっかけは、市川さんの作る土瓶に惹かれた台湾の茶人、李曙韻(リ シュウユン)が淹れてくれた台湾茶。その奥深い味に魅了され、茶に開眼したという。持ち前の探究心を刺激され、道具を作り、国内外の茶を飲み、調べ、淹れ続けてもう18年が経つ。

「お茶も植物のひとつ。水と火を使って植物の力をいただく、植物のスープのようなお茶の世界があります」。近年、市川さんが関心を寄せるのは民族茶。毎年中国で開かれる個展に合わせ、各地の少数民族を訪ねるのがライフワークになっている。なかでも旅で出合った煮茶の文化は、現在の市川さんの茶の軸となり、それに伴い煮茶器も自ら手がける茶道具に加わった。チベットを訪ねバター茶と出合ったという今年は、竹で攪拌器を作り淹れ方や味わいを追求。出合ったすべてのものが、一杯の茶に繋がっているのだ。

 滋賀県・伊吹山の麓にある市川さんの工房には、少しずつ仕立ての異なる土瓶、さまざまな形の煮茶器、茶杯、片口などの茶道具が所狭しと並ぶ。灯油窯や電気窯、山の窯場にある薪窯など4つの窯を使い分け作られたものだ。工房はゲストを迎える場であり、茶はもてなしの中心にある。茶葉は旅先で手に入れたものや頂き物などさまざま。そこに加わるのが工房を囲むようにある庭や畑で育てた植物、野山で手に入れた野草だ。 「伊吹山は古来、薬草の宝庫として知られた地。茶を淹れるようになるまで意識したことはなかったけれど、今では宝物だらけに思えて」と市川さん。この日も、水を汲む帰り道で見つけた葛の花やカキドオシに顔をほころばせる。

 自ら育てた芭蕉の葉を切り敷けば現れる茶席は、葉のみずみずしい青さからも、もてなしの心が伝わってくる。若葉のような香りを持つカキドオシは、イチジクの葉や青柚子、レモングラスなどと合わせて、市川さんが〝植物のスープ〞と呼ぶ茶外茶に。炉にかけた煮茶器の中で、少しずつ変化する味わいや見た目も楽しむ。甘い香りの葛の花は、呼応し合う香りを持つ熟プーアル茶と合わせる。菓子には「見た目がそっくりでしょう」と、生の棗の実とブドウを取り合わせ、遊び心を添える。自然の恵みと即興性に満ちた茶は、まさに一期一会。市川さんにしか生み出せないものなのだ。「こんな茶や飲み方もあるという、気づきをもたらせたら。そのためには、やっぱり道具が必要になってくる。茶のある素敵な景色をつくるためにも、どんどん作りたくなるんです」

 自ら手がけた道具で、植物の持つ力を存分に引き出す茶遊びこそが、市川さんにとっての茶の時間。それは大切な表現の場でもある。

自ら作陶した道具で、"植物"を味わう。陶芸家・茶人、市川 考さんのお茶の楽しみ方。 | 茶を淹れるのに欠かせないもののひとつが伊吹山麓に湧く名水、泉神社湧水。
茶を淹れるのに欠かせないもののひとつが伊吹山麓に湧く名水、泉神社湧水。
自ら作陶した道具で、"植物"を味わう。陶芸家・茶人、市川 考さんのお茶の楽しみ方。 | 自ら使うことでどんどん改良が加えられていく土瓶や煮茶器。使い込まれた様子に惹かれて、それを買い求めたいという人もいるそう。
自ら使うことでどんどん改良が加えられていく土瓶や煮茶器。使い込まれた様子に惹かれて、それを買い求めたいという人もいるそう。
自ら作陶した道具で、"植物"を味わう。陶芸家・茶人、市川 考さんのお茶の楽しみ方。 | 茶道具一式を詰めて運ぶ道具を茶車と呼び、形もさまざまに20以上を作ってきた。これは背負子(しょいこ)タイプ。国内はもちろん海外へも出かけるという。
茶道具一式を詰めて運ぶ道具を茶車と呼び、形もさまざまに20以上を作ってきた。これは背負子(しょいこ)タイプ。国内はもちろん海外へも出かけるという。
自ら作陶した道具で、"植物"を味わう。陶芸家・茶人、市川 考さんのお茶の楽しみ方。 | 蓮の葉で茶葉を包み、即席の茶入れに。
蓮の葉で茶葉を包み、即席の茶入れに。
自ら作陶した道具で、"植物"を味わう。陶芸家・茶人、市川 考さんのお茶の楽しみ方。 | 1967年滋賀県生まれ。1999年に独立し料理のための器を中心に作陶。茶と出合った2007年からは茶道具を手がけ、茶の魅力を伝える活動にも取り組む。

市川孝陶芸家・茶人

1967年滋賀県生まれ。1999年に独立し料理のための器を中心に作陶。茶と出合った2007年からは茶道具を手がけ、茶の魅力を伝える活動にも取り組む。

photo : Koji Maeda text : Tsutomu Isayama

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