MUSIC 心地よい音楽を。
自然の中に溶け込んでいく即興の音楽。蓮沼執太さんが選ぶ、旅のプレイリスト。July 12, 2025
&Premium140号(2025年8月号)「心を整える、日本の旅」より、音楽家の蓮沼執太さんが作ってくれた、心を穏やかにする旅で聴きたいプレイリストを特別にwebサイトでも紹介します。
自然の中に溶け込んでいく即興の音楽。
これまで、さまざまな場所でフィールドレコーディングを行ってきました。そのなかで、例えば熊野古道など、日常生活から離れて、森の中へ入ったとき、まずは木々の揺れや鳥のさえずりなどの音に耳を澄ます。自然の中には豊かで、想像以上に複雑な音の情報があるんです。収録する最中、過酷な環境の場合には宿を取ることもありますが、キャンプをしながら、豊かな音場に親しみ、自然と一体化するのが醍醐味のひとつ。ただ、日常と非日常のバランスを取りたい性質なので、自然の中に長時間滞在すると、人間が作った音楽が聴きたくなる。そんなときは、譜面に沿って、正確に演奏されるものより、人間の動物性や生理に従って奏でられるような音楽がいいんですよね。例えば、ピアニストのクルターグ・ジェルジュが80歳のときに演奏したバッハ「神の時こそいと良き時」。クルターグ自身が高齢なこともあり、ゆっくりと間を取った演奏で、自然の中に溶け込んでいくような響きがあります。ギタリストのデレク・ベイリーによる「Third Stream Boogaloo」は、インプロビゼーションを用いたライヴ演奏で、最初に聴いたときは、先の展開がまったく読めなかった。しかし、風の音や鳥の鳴き声など、自然の中の音も、いつどこで鳴るかなんてわからない。そういう意味で、即興演奏は、やはり自然現象に近いんじゃないかと思っています。イヤフォンを使って、耳の中で聴くというより、モバイルのスピーカーでいいから、(音楽を)自然に解放して、風で葉が擦れる音や河のせせらぎと一緒に聴いて楽しめる音楽を集めてみました。

蓮沼執太音楽家
自身の作品制作、国内外での音楽公演をはじめ、映画やテレビ、演劇などのメディアで音楽制作を行う。グループ展『HEAR HERE』Yutaka Kikutake Gallery Kyobashiに参加中。
illustration : Shapre text : Katsumi Watanabe