BOOK 本と言葉。

シンガー・ソングライター、詩人の柴田聡子さんが語る、川野芽生さんの言葉の魅力。July 23, 2024

折に触れて思い出す、忘れられない言葉はきっと誰にでもあるはず。では、自らも心の機微を紡ぐ言葉の名手たちの心を震わせた一節とは。発売中の最新号「明日を生きるための言葉」では、作家、詩人、エッセイスト……など、6人の言葉の名手に、心に残る書き手とその言葉を教えてもらいました。ここでは、シンガー・ソングライター、詩人の柴田聡子さんへのインタビューを特別に公開します。

シンガー・ソングライター、詩人の柴田聡子さんが語る小説家、歌人の川野芽生さんの言葉の魅力。

柴田聡子さんが選んだ、川野芽生さんの言葉。

川野芽生『かわいいピンクの竜になる』より そして宴会の時も、皆が「その服素敵ね!」「自分で 作ったの?」と言ってくれるのである。極東の島国で 培った私のエルフ力、世界に通用しました。

川野芽生 Megumi Kawano
小説家、歌人、文学研究者
1991年生まれ。2021年、歌集『Lilith』で第65回現代歌人協会賞受賞。小説集『無垢なる花たちのためのユートピア』(東京創元社)、『奇病庭園』(文藝春秋)ほか、『Blue』(集英社)が第170回芥川賞候補作に。https://daydreamletter.amebaownd.com/

装うことについて解放してくれた。

『かわいいピンクの竜になる』は、冒険譚であり、希望の書だ。シンガー・ソングライターの柴田聡子さんは言う。「川野芽生さんは、歌集や小説集が出るたび夢中になって読む大好きな作家の一人で、同時代にいることが本当に幸せ。以前、雑誌の対談でお会いしたときに素敵なお洋服を着ているなあと思っていて、その後、装うということについて書いたこの本が出たことを知り、すぐに読み始めました」

 冒頭で引用したのは、英国バーミンガムで開かれた『Tolkien 2019』の「宴会」でのワンシーン。ファンタジー小説の金字塔『指輪物語』の著者トールキンを研究する協会団体のイベントに、筆者川野はとっておきの《ファンタジー世界の貴族にもふさわしい、古風で優美なドレス》を纏って出席した。彼女を讃えているのは、中世風ドレスの老婦人をはじめ、物語に登場するエルフやドワーフの姿で装った各国の参加者たちである。柴田さんは目を輝かせて解説する。「この前段で《常日頃からエルフたらんと欲し》《エルフっぽい服飾品を目にすれば心が浮き立つ》と語る川野さんのエルフ力よ! 自分への認識が的確で、めちゃくちゃ面白くて、かっこいい。他人を見つめることだけが他人と関わっていく術ではないんだ、ということにも気づかされました。自分をひたすらに見つめていくことで、いつの間にか世界はくるっとひっくり返って、外と触れ合うことができるんだなと。川野さんは、他ならぬただ自分自身であろうとする。するとリバーシブルのように同じ布地の中で反転して、〝エルフの仲間〞に出会えたのではないかと考えると、感動します」

 ロリィタ服、ピンク色の髪、球体関節タイツ……自分の好きな、自分だけのスタイルに思いきり愛情と情熱を持って向かっていく。その軌跡を読んで、柴田さんは、今まで自分を縛っていたものから解放されるのを感じたそうだ。「私は、着飾るとか、装うとか、メイクをすることについてすごく消極的だったんです。誰からどう見えるか、自分に何が似合うのか、着ていて変じゃないか、という発想と自己卑下は、恥ずかしながらここ2、3年まで全然ありました。喉元にナイフを突きつけられて、この服を買えんのか? 着れんのか?ずっと問い詰められているような。自分がジャッジされ続ける側の人間だという意識が常にあったのです。でも、川野さんが川野さんのスタイルを見つけていく話を読んで、自分のアティチュードを持つことはとても自然なことで、周りに合わせて何かを決めたり、リミットを設けるとかはいらないんだ、って思ったんです」

柴田さん所有の『かわいいピンクの竜になる』 (左右社) には付箋がびっしり。「面白いと思ったところにバンバン付けていたらこんなことに。決め台詞の羅列ではなく、前後があってのこの文章!と思えて、一行一行すべてが面白いのです」
柴田さん所有の『かわいいピンクの竜になる』(左右社)には付箋がびっしり。「面白いと思ったところにバンバン付けていたらこんなことに。決め台詞の羅列ではなく、前後があってのこの文章!と思えて、一行一行すべてが面白いのです」

《身体を美しく見せるために服を着るのではなく、服を美しく飾るためだけに身体がある。それは嬉しいことだ》という一節も、柴田さんを自由にした。「自分の身体を愛してきたほうではないし、むしろちょっとじめてきた。ここが嫌だな、あそこが嫌だな、と思ったり、誰かに愛されるために身体を改善しようとか、磨かなければいけないんだろうかと思ったり。そうじゃない、自分のための身体だよ、と言われても、悲しいかな、いまだに愛せないっていうのも事実。そのとき『衣服のための身体』だという感覚を知って、それなら嬉しい!と。好きな服をよく見せるための自分の身体、愛する服の中に入って、形を与えてあげるための自分の身体であれば、肯定できると思いました。川野さんの視点は、人間中心ではないところがすごい。エルフとか、竜とか、人形とか、お洋服そのものとかでもありうるのが、本当に魅力的で、希望に感じます。〝自分である〞ということと、〝何かと共にある自分である〞ということの意識の行き来が素晴らしいのです。こんなに面白い視点を持てる人はなかなかいなくて、嬉しいですね。痛快の書でもあります」

 装うことの喜びだけではなく、苦味や痛み、葛藤も描かれる本書は、異性や社会からの暴力や抑圧との闘いの記録でもある。「自分が美しいと思うことや、美しいと他人から思われることによって搾取や苦痛を受けていながら、その矛盾から逃げようとせずに、ユーモアもにじむ。なにより川野さんが、他の誰でもなく自分自身の話だけを書いていることも本当に救いです。これは、川野さんが自分独自の状態を見つけていくドキュメントで、川野さん一人の冒険譚。だからこそエネルギーをもらえるのです。私は同じ道をなぞるだけでは、自分になれない。自分は自分でやっていかなきゃと、純粋に勇気をもらうのです」


柴田聡子 Satoko Shibataシンガー・ソングライター、詩人

1986年札幌市生まれ。2012年1stアルバム『しばたさとこ島』を発表。最新アルバムは『Your Favorite Things』。著書に詩集『さばーく』(試聴室)、エッセイ集『きれぎれのダイアリー』(文藝春秋)など。

shibatasatoko.com

photo : Yuka Uesawa text : Azumi Kubota

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