MOVIE 私の好きな、あの映画。
『チャンス』選・文/小池アミイゴ(イラストレーター) / November 20, 2016
This Month Theme贈り物にしたくなる。
小池アミイゴ(イラストレーター)
人間の本来あるべき姿へと立ち返らせてくれる。
こんにちは。しばらくぶりだけど元気かな? キミと会えていない間、アメリカでは『前代未聞の中傷合戦』と呼ばれた大統領選挙があったね。その結果、世界はキミの望むものとは別の、憎悪という黒雲に覆われたものに見えてしまっているだろう。そんな世界ではボクたちの良心さえ否定されるのではと、優しいキミが心を疲れさせてないか心配してるよ。そんなボクこそ憎悪を抱えたひとりではないかって、憎悪の連鎖の中で残念ながらそう考え始めている。
それでもボクはこう思うよ。憎悪は一時の熱狂を起こすことは出来ても、人はそれで幸せを手にすることは出来ない。憎悪のパレードが通り過ぎた後、ボクたちはそこに荒野を見るだけだろう。そんな憎悪なるものが、荒野を耕し、水を運び、種を蒔くなんてことを想像出来るだろうか? ボクたちはどうしようもなく春、夏、秋、冬という繰り返しの中にあり、その良心のすべてをかけ、愚直に土を耕し、愛を注ぎ続けることでしか得られないもので生きている。
Life is a state of mind.「人生とは心の姿である」
この映画の主人公は、知的ハンディを持ち、庭師として草花と語る以外は、テレビを「ただ見る」だけの男。そんな彼の言葉はいわば空っぽなのだけど、彼に出合う人はその無垢に癒され、その言葉を自分に都合よく解釈し、国のあり方までをも妄想し、ついには彼を次期大統領候補として祭り上げてしまう。
1979年に作られた映画は、2016年にアメリカで起きたことの真逆の方向から、優しさをもって人の愚かさを描いているよ。振り返ればあの時代だってろくなものではなかったんだ。そんな中でボクたちは憎悪に煽られた自分に酔うのか、無垢なるものに映った己の姿を「ただ見る」のか。人の愚かさを、可笑しくも愛しいものとして見せてくれるこの映画は静かに、本来ボクたちがあるべき場所を指差してくれてるよ。