MOVIE 私の好きな、あの映画。
スタイリスト・林 道雄さんが「装い」の美意識を学んだ、5本の映画。October 17, 2025
「美しい」を見つめ直すためのヒントを探った、&Premium143号(2025年11月号)「美しい、ということ」より、スタイリスト・林 道雄さんの感性に響いた作品とシーンを特別に紹介します。
テーラードジャケットをマニッシュに着こなす。

ゴダール節が炸裂する本作は、ストーリーを理解しようとするより、音と映像をカットアップしたコラージュをただ感じることに意味がある。特に、ジェーン・バーキンが登場するワンシーンが脳裏に強く焼きついています。森の中、赤いオープンカーが颯爽と走り、停車する。助手席にクールに佇むのがジェーンです。彼女の装いは上半身しか映っていないけれど、テーラードジャケットのモダンな着こなしが完璧。中にはシルク素材と思しき光沢のある白シャツを着ているのですが、第二ボタンまで外していても女性性が前に出すぎていないのがいい。彼女の品性とプロポーションを存分に生かしたスタイルだと思います。
右側に気をつけろ監督 ジャン=リュック・ゴダール
ゴダール自身が演じる「白痴公爵殿下」が主人公の、〝18景の詩的ファンタジー〞と呼ばれる作品。物語を一本の映画にし、その日の上映に間に合うように首都に届ければ、これまでの罪は許される。電話でそう告げられた公爵は、映画製作に奔走する。Keep Your Right Up / 1987 / France / 78min.
価値観が異なる、二人の女性の対照的なスタイル。

絵描きのレネットは少女趣味なフレンチシックが好き。一見すると甘いムードだけど、内面は自分なりの理想や主義主張をしっかりと持っていて、装いの印象とはいい意味でギャップがある。対して、ミラベルはリベラルな思想を持っていて、その場の状況に臨機応変に対応していくスマートさが魅力。彼女の装いは、オーバーサイズのキルティングジャケットの袖をロールアップするなど、ジェンダーレスなムード。「女性は女性らしい格好をすべき」という同調圧力に抗っているのが見て取れるんです。何もかも対照的な二人だけど、自分の言葉で物事を堂々と言えて、互いの異なる意見を尊重できる自立した態度も美しい。
レネットとミラベル/四つの冒険監督 エリック・ロメール
レネット役のジョエル・ミケルの体験談に着想を得て、4 つのエピソードを綴ったオムニバス作品。田舎育ちのレネットと都会育ちのミラベル。対照的な二人の女性は、自転車のパンクをきっかけに偶然出会う。性格や価値観も異なる二人だが、自然と仲を深めていく。Four Adventures of Reinette and Mirabelle / 1986 / France / 95min.
ギャップに満ちた、「赤」のバスローブ。

アンリがマーガレットの家を訪ねたときに、彼女が身を包んでいたのは赤いバスローブなんです。まずもって、そのチョイスにドキッとする。パッと見ただけで内面に陰を感じさせる人物が、赤を纏っている姿にも惹かれます。カウリスマキは小津安二郎が大好きなことは映画ファンの間では有名ですが、これって、小津映画へのオマージュ的な行為なんですよね。小津作品は、「赤」を効かせて空間に作用する視覚的な効果を狙っているので。マーガレットのブロンドのショートヘアは、赤いバスローブを映えさせるためのようにも見えてくる。アイメイクはブルーを選び、赤に映えるトータルデザインがなされています。
コントラクト・キラー監督 アキ・カウリスマキ
水道局に15年勤務してきた、フランス人のアンリ。ある日、解雇を通達され絶望し、自死を図る。死にきれないことに悩み、新聞広告で知った殺し屋に自分の殺害を依頼。あとは死を待つだけだったが、偶然出会った花売り娘・マーガレットに恋をして、希望を取り戻す。I Hired a Contract Killer / 1990 / Finland, Sweden / 80min.
ボルドーのシャツが、洗練されたホテルの空間に溶け込む。

物語のスジは、主人公の少女エストレリャが、父の過去に向き合うことがメイン。その過程で、父のかつての恋人への未だ消えぬ恋慕を知ることに……。複雑な親子関係が続いていくなか、父がエストレリャをホテルの昼食に誘うシーンがあります。そのときの、彼女のスマートカジュアルな装いが素敵。レストランの窓から差し込む光を受けたボルドー色のシャツは、未だかつて見たことがない綺麗な色で。少しラフなヘアスタイルの彼女がそれを纏っているのにもぐっとくるんです。キャメルブラウンの髪色、バラの花を一輪挿したテーブルコーディネートと調和している様子も美しく、洗練された空間によく馴染んでいます。
エル・スール監督 ビクトル・エリセ
少女エストレリャの回想から始まる。スペインの南の町から北の地へと引っ越した家族の過去。父アグスティンが隠していた〝南部の秘密〞を知ることで生まれる、心の葛藤……。エストレリャは、父親という理解しきれない存在に向き合うために、南へと旅立つ。The South / 1982 / Spain, France / 95min.
着物姿が生み出す、しなやかさと色気。

本作はモノクロ映画にもかかわらず、香川京子が演じる若妻・おさんが着こなす着物の煌びやかさや艶っぽさが鮮烈で。カラー映像だったらどんな色の着物なんだろう?と鑑賞者に想像させるインパクトがある。彼女は経師職人と道ならぬ恋に落ちて駆け落ちするのですが、その最中、険しい山道を着物姿で駆け抜けるシーンがあります。走りづらいだろうに、しなやかなモーションで必死に愛する男を追いかける姿にエロティシズムがあるし、錦鯉が泳いでいるように見えてくる(笑)。人間のほの暗さが浮き立った状況で綺麗な装いが、余計に映えます。洋服を着ていたら、迸る激情もどこか軽く見えてしまうように思いますね。
近松物語監督 溝口健二
溝口健二監督の晩年の傑作。京都烏丸四条の大経師以春は、宮中の経巻表装を職とし、町人ながら官僚と同じ格式を持ち地位を鼻にかけた振る舞いをしていた。彼と過ごす日々に物足りなさを抱えていた妻のおさんは、店の手代、茂兵衛と道ならぬ恋に落ちる。A Story from Chikamatsu / 1954 / Japan / 102min.
皮膚の一部のように感じられる 装いの美しさに、心惹かれて。
僕は映画を観るうえで絶対的に大切にしている三要素があるんです。具体的に言うと「スジ・ヌケ・ドウサ」。これは、日本最初の映画監督といわれる牧野省三が残した言葉で。スジはストーリー構成、ヌケは映像そのもののクオリティ、ドウサは役者の演技のこと。僕が好きな作品を並べてみると、やっぱり、この3つのバランスがいいものになる。
自分はスタイリストという職業を生業にしているけれど、近視眼的に登場人物の「装い」だけに注目して作品を観ることはないです。こだわりがあるとすれば、画を邪魔する衣装の主張が強い作品は、ダメということ。
あとは、当たり前だけれど、登場人物が衣装に着られていなくて、いい感じに着こなしている作品がいい。つまり、役柄のアイデンティティや個性をきちんと表現している装いに惹かれます。女性の場合は、その人の皮膚の一部のように感じられる装いに美しさや色気を見いだすことが多いかな。それは、実際の人の装いにも言えること。一方、男性の場合は、顔のシワに表れる人生の年輪が語るものと、洋服のシワがいい感じに繋がりを帯びている状態にグッとくる。そうした装いが場面に合っていると絵画的な魅力が強くなるんです。衣装の綺麗な色や着こなしは、映像としての「ヌケ」に関係します。さらに大事なシーンに出てくると、記憶に残り続けますね。
林 道雄スタイリスト・〈by H. 〉デザイナー
『BRUTUS』をはじめ、様々なメディアでメンズ、ウィメンズのスタイリングを披露。自身のブランド〈by H.〉では、ユニセックスなスタイルを提案。小学3年生から映画館に通い詰めるほど大の映画好き。
illustration : Shigeo Okada text : Seika Yajima