MOVIE 私の好きな、あの映画。
画家・平松 麻さんが「ふるまい」の美意識を学んだ、5本の映画。October 19, 2025
「美しい」を見つめ直すためのヒントを探った、&Premium143号(2025年11月号)「美しい、ということ」より、画家・平松 麻さんの感性に響いた作品とシーンを特別に紹介します。
鎖骨の窪みに手を添えて、揺れる心を落ち着かせる。

主人公の男性は、去年マリエンバートで出会い、迎えに来ることを約束していたデルフィーヌ・セイリグ演じる女性に社交界で再会。彼女はその記憶がないような、曖昧な態度を示します。男性は彼女を連れ出すため、過去の記憶を持ち出して対話を試みますが、女性は一線を越えないための言動を繰り返し、静かな抵抗を示す。それが、手を鎖骨の窪みに添えるしぐさです。彼女にとっては、心の揺れを振り払い、平常心を保つためのお守りのようなものなのかもしれません。そんな無意識のふるまいが、他者を惹きつける魅惑的なスパイスにも思えて。二人の関係が動く、ひとつのきっかけになっているのが印象的です。
去年マリエンバートで監督 アラン・レネ
戦後世界文学にムーブメントを巻き起こしたアラン・ロブ=グリエの脚本を絵画的な映像美に昇華したモノクロフィルム。シンメトリックに設計された庭があるバロック様式の城館に滞在する富裕層たち、社交界にいる二人の男女の真実と幻想、揺れ動く感情を詩的に描いた。Last Year in Marienbad / 1960 / France, Italy / 94min.
歩み寄りのしるしとして、一杯の水を手渡す。

多様性や男女のふるまいの違いについて、立ち止まって考えさせられる作品です。西部開拓のため砂漠を歩く3家族は、旅の途中で先住民に出会う。ガイドの男性はその男を野蛮な部族だと決めつけ抹殺すべきと言いますが、女性のリーダー的存在のエミリーは、水を分け与え、靴のほつれを修繕します。私は、本当の意味での多様性とは、受け入れ難いネガティブなものを理解しようとすることだと思っていて。その価値観を持ち合わせた女性の、勇気ある行動に美しさを感じました。自分と異なる人間に一歩踏み込んで関わるのは簡単なことではないですが、それが新たな一歩を切り拓く力になり得る、と希望を持ちました。
ミークス・カットオフ監督 ケリー・ライカート
実在した移民ガイドのスティーブン・ミークの実話を基にした、1845年のアメリカ西部開拓時代の移民の物語。新天地を目指し移住の旅に出た3家族が、近道を知っているというガイドのミークを雇う。途中、彼を信用できなくなり、過酷な旅に追い込まれていく。Meek's Cutoff / 2010 / USA / 103min.
愛情により生まれた、食事中のさりげない気遣い。

トラウマや身体的な障害から生きづらさを抱え、自分の殻に閉じこもった生き方を選んでいる二人。ある日、同じ夢を見ているという不思議な運命に気づき、現実の心も無意識に近づいていきます。互いに惹かれ合っているにもかかわらず、理性が邪魔をしてすれ違うのが切なくて……。それでも対話を諦めなかった二人が本能で繋がり、共に朝を迎えたシーンが最高に好き。食事中、マーリアが彼のこぼしたパンの食べかすを几帳面な手のしぐさでまとめて、自分のパンの上に散らす。これまで他者に無関心だった彼女がこんな行動をとるとは驚きで。相手のあるがままを受け入れる愛情を示すふるまいに、いたく感動しました。
心と体と監督 エニェディ・イルディコー
ブダペスト郊外の食肉処理場で働く、コミュニケーションが苦手な女性マーリアと左腕に障害がある中年男性の上司エンドレ。職場に馴染めず理解者がいない二人は、少しずつ会話を重ね始め、ある日を境に同じ夢を見ている事実が判明。心と心が静かに接近していく。On Body and Soul / 2017 / Hungary / 116min.
人に見返りを求めない、小さな心配りの連続。

偶然知り合った老人のいる荒れ地に小屋を建て始めたことをきっかけに、貧しい人々が集まる大規模な集落を築き上げた青年トト。心優しい彼は、住人たちの様々な願いや欲望を叶えるために奔走します。その姿が最初から最後まで健気。列車に身を投じようとする人がいれば、歌という魔法をかけて人生の素晴らしさを伝え、鞄を置き引きされても取り返さない。石油が出る土地を巡って地主と住人が対立したときは「願いを叶える鳩」の魔法を使い救済を試みます。鳩が奪われ魔法が使えなくなったときも、持ち前の明るさと親切心を忘れずに笑顔で応える。誰一人置いていかない、心からのふるまいが伝播していく様に救われます。
ミラノの奇蹟監督 ヴィットリオ・デ・シーカ
キャベツ畑で老女に拾われた赤ん坊のトト。育ての老女亡き後も彼女の霊に助けられ、ミラノ郊外の荒れ地に集まった地域の人々とコミュニティを築き、共に明るく生きていく。「願いを叶える鳩」の存在を頼りに、数々の危機を乗り越えていくファンタジックなストーリー。Miracle in Milan / 1951 / Italy / 96min.
相手の”本気”を引き出す、ストレートな向き合い。

想いを真っすぐに伝えられない性格が原因で離婚した厚久と奈津美。その後、とある事件で奈津美が命を落としたことを知った彼は、残された娘に「一緒に暮らしたい」という言葉を伝えるため、親友の武田に車を出してもらいます。到着後もなかなか一歩を踏み出せない厚久に、武田はぐっと顔を近づけて目を合わせ、「俺がしっかり見ててやるから、本当のことを言うんだ、本当のことを言うことが大切なんだ」と熱弁。相手を鼓舞するための本気の言葉や体を強くゆさぶる姿からは迸る友愛が滲み出ていて、圧倒されました。ラスト5分は映画であることも忘れて観入ってしまい、気づけば号泣していました。
生きちゃった監督 石井裕也
石井裕也監督が脚本やプロデュースまで手がけた意欲作。中学時代からの仲の厚久(仲野太賀)、武田(若葉竜也)、奈津美(大島優子)。のちに厚久と奈津美は結婚し、娘を持ってからも3人の仲は続いていた。しかし、奈津美が見知らぬ男と抱き合う場に遭遇する。All the Things We Never Said / 2020 / Japan / 91min.
“美しいふるまい”には、その人の オリジナリティが滲んでいる。
私は日常的に映画を観るのが好きで。心を動かされる作品に出合うと、エネルギーが湧き、創作意欲が掻き立てられます。鑑賞後は、自分なりの印象を記録に残し、後からいつでも内容を思い出せるようにしています。
自分が触れてきた作品を振り返ってみると、多様な「ふるまい」が描かれていることに改めて気づきました。例えば、思わず見惚れてしまう美しい所作だったり、はたまた、対人関係における、人を思いやるときの心遣いだったり。自分の立ち位置や価値観、プライドを表すもの、状況を切り拓くための決定的なメッセージになり得るものもある。
なかでも、私が特に美しいと感じるふるまいとは、日本と西洋の作品では文化的背景の違いから少しのズレやグラデーションが生じますが、そのどちらにも共通する、人間関係をよい方向へ動かすための行動。決して作為的ではなくて、その人から自然と出たオリジナルの表現や手触りであるということが感じられると、さらに心に響くような気がします。
映画は多様な人間関係を見せてくれます。誰かの人生を客観的に見るからこそ、今までは意識していなかったような素敵なふるまいに気づくことができる。ふるまいとは、関係に小さな明かりを灯すということなのかもしれません。その明かりを頼りにして、関係が切り開かれていく様を美しいと感じます。
平松 麻画家
油彩画家。1982年東京都生まれ。自身に内在する景色を描くのみならず、挿画や執筆も多数手がける。10月23日〜『SEIZAN GALLERY』(NY)、11月1〜24日『evameva yamanashi』(山梨)で展覧会開催予定。
illustration : Shigeo Okada text : Seika Yajima