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築100年ほどの古民家をセルフリノベーション。華道家・片桐功敦さんの美しい工芸品に囲まれた暮らし。September 28, 2025

「美しい」を見つめ直すためのヒントを探った、&Premium143号(2025年11月号)「美しい、ということ」より、築100年ほどの古民家を改装して暮らす、華道家の片桐功敦さんを訪ねて大阪へ。暮らしの中心に据えられたのは、花、そして手仕事で作られた暮らしの道具や工芸品の数々。実際に使うからこそ感じられる機能や美しさ。それらと暮らす日々の楽しみを聞いた。

築100年ほどの古民家をセルフリノベーション。華道家・片桐功敦さんの美しい工芸品に囲まれた暮らし。
片桐さん宅のリビング。奥のテーブルは陶芸家・森岡成好から譲られた酒樽の底を天板にしたもの。家具の多くは以前から愛用してきたものだという。

美を纏いつつも余白のある、ものに囲まれて過ごす。

 大阪を拠点に華道家として、生け花を写真に収める現代美術家として活躍する片桐功敦さんは、のどかな郊外でセルフリノベーションした築100年ほどの古民家に暮らす。「そもそも家を探していたのではなく、自分で育てた花を生けたくて花を育てる農地を探していたんです。長年空き家だった家は、おまけのように土地に付いてきたもの」と片桐さん。当初は住むつもりはなかったが、植物を育てるためには近くに暮らす必要があると改装を決意。5年ほどの年月をかけて手を入れ、昨年からようやく暮らし始めたのだという。

築100年ほどの古民家をセルフリノベーション。華道家・片桐功敦さんの美しい工芸品に囲まれた暮らし。
庭で摘んだばかりの花を生ける片桐さん。「市場に出回らないような、傷んだ葉の植物にも魅力がある。それを生けるには、自分で育てるしかないと思ったんです」。ケニアで山羊の乳搾りに使う木の器を花器に見立てて。

 昔ながらの農家住宅は、中に入ると雰囲気は一変。明るく開放的な、それでいてどこの国ともつかない、不思議な空間が広がる。「窓をたくさん開けたのは、時間帯によって日の入り方が変わっても、常に家のどこかで花の撮影ができるように。家の周りで咲いた花を、一番きれいな状態のときに切って生けて撮りたい。生けることで花の命も報われる。ここは花のための家なのです」

築100年ほどの古民家をセルフリノベーション。華道家・片桐功敦さんの美しい工芸品に囲まれた暮らし。 | 屋根裏を改装した寝室にも窓を設けることで明るく。中央の柱に飾られているのは「Jaaja」によるお面。
屋根裏を改装した寝室にも窓を設けることで明るく。中央の柱に飾られているのは「Jaaja」によるお面。
築100年ほどの古民家をセルフリノベーション。華道家・片桐功敦さんの美しい工芸品に囲まれた暮らし。 | 多くの花器が並ぶ1 階の本棚。
多くの花器が並ぶ1 階の本棚。
築100年ほどの古民家をセルフリノベーション。華道家・片桐功敦さんの美しい工芸品に囲まれた暮らし。 | アンティークで見つけたインドの棚にも花器が並ぶ。右下に見える上り框に使ったのは、彫刻が施されたエチオピアの板。
アンティークで見つけたインドの棚にも花器が並ぶ。右下に見える上り框に使ったのは、彫刻が施されたエチオピアの板。
築100年ほどの古民家をセルフリノベーション。華道家・片桐功敦さんの美しい工芸品に囲まれた暮らし。 | キッチンに立つのは片桐さんのパートナー。気持ちのいい自然光が差し込む。
キッチンに立つのは片桐さんのパートナー。気持ちのいい自然光が差し込む。

 湿気をシャットアウトするため土間を打ち、土壁を壊して出た土は再び捏ねて新たな土壁に。庭をアートのように鑑賞する窓は、微調整を繰り返して位置を決めたという。窓の外に目をやれば、遠く向こうまで続く敷地にさまざまな植物の姿。自然にあるように見えて、すべて片桐さんが新たに植えたもので、シンボルツリーの枝垂れ桜をはじめ、樹木から草花まで150種ほどにのぼる。葉の落ちた桜の枝にメジロが残した巣を見つけ、この枝に桜が咲いたらどんなに素敵だろうと半年の月日を待ち、ようやく咲いたひと枝を生けたというエピソードからは、この家で過ごす豊かさが伝わってくる。そこに欠かせない、重要な役割を果たすものが美を兼ね備えた工芸品の数々だ。

築100年ほどの古民家をセルフリノベーション。華道家・片桐功敦さんの美しい工芸品に囲まれた暮らし。 | 軒下にはハンモックと、メキシコの民芸家具のエキパルチェア。植物の変化を敏感に感じられる特等席となっている。
軒下にはハンモックと、メキシコの民芸家具のエキパルチェア。植物の変化を敏感に感じられる特等席となっている。
築100年ほどの古民家をセルフリノベーション。華道家・片桐功敦さんの美しい工芸品に囲まれた暮らし。 | 思い立ったらすぐ撮影ができるよう、カメラはいつも傍らに。窓の外のランドスケープも含めてデザインされている。
思い立ったらすぐ撮影ができるよう、カメラはいつも傍らに。窓の外のランドスケープも含めてデザインされている。
築100年ほどの古民家をセルフリノベーション。華道家・片桐功敦さんの美しい工芸品に囲まれた暮らし。 | ピンクの壁がモロッコをイメージさせる。オランダのものと思われるダイニングセットはネットオークションで入手。
ピンクの壁がモロッコをイメージさせる。オランダのものと思われるダイニングセットはネットオークションで入手。

 空間を彩るのは時代や国も問わず、片桐さんの心に響いたものだけ。とはいえネットオークションで手に入れることもあるというから、その審美眼たるや。「土の風合いや、時を経てしか手に入れられない味わい深さ。原始的で粗野な雰囲気を持つ、洗練されすぎていないものに惹かれます。自分にとって必要なものがわかっているから、不必要なものは増えていかない」と言い切る片桐さん。イサム・ノグチの照明や松本民芸家具のスツール、素朴なアフリカの道具、アマゾンの儀式で使われる壺から、現代作家の作品。旅先で求めたものから、物心ついたときには家にあった花器まで、ぶれのない美意識で選び抜かれたものが暮らしに寄り添い、互いを引き立てている。作り付けの本棚の半分ほどを花器が占めるのは、花がもっとも輝く瞬間を逃さずに生けるため、身近に置くことになったという必然ゆえ。「家にある工芸品の多くは花器。花を生けたときに日本的になりすぎず無国籍化してくれるもの、花を引き立て寄り添いつつも、主張がある塩梅のいいものを」
 一つひとつがエピソードを持つ、ものに囲まれた空間はプリミティブさと洗練とが共存し、なんともいえない心地よさがある。その理由を尋ねると、こんな答えが返ってきた。「空間も花器も、花を入れたときに完成する余白があることが重要。未完成なものがいい」。あくまでも花が主役という、華道家の作る居場所である。

共に時間を過ごし、家にも人にも馴染んだアイテム。

築100年ほどの古民家をセルフリノベーション。華道家・片桐功敦さんの美しい工芸品に囲まれた暮らし。 | イサム・ノグチのロングシェード。20年以上前に手に入れて以来、一緒に過ごしてきた照明。「穴や汚れもあるけれど」と片桐さんは言うものの、その歳月が和紙に柔らかな表情をもたらし、古い家にも馴染む。
イサム・ノグチのロングシェード。20年以上前に手に入れて以来、一緒に過ごしてきた照明。「穴や汚れもあるけれど」と片桐さんは言うものの、その歳月が和紙に柔らかな表情をもたらし、古い家にも馴染む。
築100年ほどの古民家をセルフリノベーション。華道家・片桐功敦さんの美しい工芸品に囲まれた暮らし。 | キム・へジョンの陶器。ソウルに工房を構える陶芸家の作品。「今にも壊れてしまいそうな繊細さ。儚さと緊張感を同時にはらんでいるのがポエティックで、創作意欲を掻き立てられます」
キム・へジョンの陶器。ソウルに工房を構える陶芸家の作品。「今にも壊れてしまいそうな繊細さ。儚さと緊張感を同時にはらんでいるのがポエティックで、創作意欲を掻き立てられます」
築100年ほどの古民家をセルフリノベーション。華道家・片桐功敦さんの美しい工芸品に囲まれた暮らし。 | キム・へジョンの陶器。ソウルに工房を構える陶芸家の作品。「今にも壊れてしまいそうな繊細さ。儚さと緊張感を同時にはらんでいるのがポエティックで、創作意欲を掻き立てられます」
キム・へジョンの陶器。ソウルに工房を構える陶芸家の作品。「今にも壊れてしまいそうな繊細さ。儚さと緊張感を同時にはらんでいるのがポエティックで、創作意欲を掻き立てられます」
築100年ほどの古民家をセルフリノベーション。華道家・片桐功敦さんの美しい工芸品に囲まれた暮らし。 | ベトナムの農具かご。置けば自立し、2 本の持ち手でリュックとして背負うこともできる農具かごは、鎌などを入れて使われていた古いもの。家の周りで摘んだ野花をさっと飾れば、花器となる。
ベトナムの農具かご。置けば自立し、2 本の持ち手でリュックとして背負うこともできる農具かごは、鎌などを入れて使われていた古いもの。家の周りで摘んだ野花をさっと飾れば、花器となる。
築100年ほどの古民家をセルフリノベーション。華道家・片桐功敦さんの美しい工芸品に囲まれた暮らし。 | 森岡成好の焼き締め、森岡由利子の白磁。和歌山で作陶する森岡成好・由利子の器を多数愛用。「家や工房まですべて自分たちで作りあげてきた暮らしの哲学が、器にも行き届いていて、尊敬できる存在です」
森岡成好の焼き締め、森岡由利子の白磁。和歌山で作陶する森岡成好・由利子の器を多数愛用。「家や工房まですべて自分たちで作りあげてきた暮らしの哲学が、器にも行き届いていて、尊敬できる存在です」
築100年ほどの古民家をセルフリノベーション。華道家・片桐功敦さんの美しい工芸品に囲まれた暮らし。 | 鳥のオブジェ。アフリカのどこかの国から来た、というオブジェ。「必要なものがわかっているから、不必要なものは増えていかない」と片桐さん。これも彼にとって必要なもののひとつ。
鳥のオブジェ。アフリカのどこかの国から来た、というオブジェ。「必要なものがわかっているから、不必要なものは増えていかない」と片桐さん。これも彼にとって必要なもののひとつ。
築100年ほどの古民家をセルフリノベーション。華道家・片桐功敦さんの美しい工芸品に囲まれた暮らし。 | 松本民芸家具のスツール。数年前に友人から譲り受けたもの。このスツールをはじめ、意図せずこの家にやってきたものも多いというが、片桐さんの感性が光る空間に見事に溶け込んでいる。
松本民芸家具のスツール。数年前に友人から譲り受けたもの。このスツールをはじめ、意図せずこの家にやってきたものも多いというが、片桐さんの感性が光る空間に見事に溶け込んでいる。
築100年ほどの古民家をセルフリノベーション。華道家・片桐功敦さんの美しい工芸品に囲まれた暮らし。 | タイで見つけた壺。窯の中で崩れた、〝失敗作〞の形を気に入り、手に入れたもの。花を摘む段階で、生ける花器のイメージができているという片桐さん。すぐ手が届く場所にある一軍の花器。
タイで見つけた壺。窯の中で崩れた、〝失敗作〞の形を気に入り、手に入れたもの。花を摘む段階で、生ける花器のイメージができているという片桐さん。すぐ手が届く場所にある一軍の花器。
築100年ほどの古民家をセルフリノベーション。華道家・片桐功敦さんの美しい工芸品に囲まれた暮らし。 | 安藤郁子の花器。「花との相性がよく、いくつも持っています」と片桐さん。石の真ん中をL字にくりぬいたようなユニークなフォルム。花を生けずに、そのまま置くだけでも存在感がある。
安藤郁子の花器。「花との相性がよく、いくつも持っています」と片桐さん。石の真ん中をL字にくりぬいたようなユニークなフォルム。花を生けずに、そのまま置くだけでも存在感がある。
築100年ほどの古民家をセルフリノベーション。華道家・片桐功敦さんの美しい工芸品に囲まれた暮らし。

片桐功敦Atsunobu Katagiri

華道家・現代美術家。1973年大阪府生まれ。花道みささぎ流家元。生け花を通じ文化人類学的な観点から、植物と人間の関係性を考え、発信する。大阪、京都で教室も開催。

photo : Yoshiko Watanabe text : Mako Yamato

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