MOVIE 私の好きな、あの映画。
「ATLAS antiques」店主 飯村弦太さんが語る今月の映画。『バベットの晩餐会』【極私的・偏愛映画論 vol.107】October 25, 2024
This Month Theme手仕事や民芸を愛している。
物に秘められた物語を探し求める悦び。
古道具屋の僕にとって映画は時にインスピレーションと学びを与えてくれます。時代背景と舞台美術に加え、物語という有機的な要素は、日々蚤の市で手にする無口な古道具の輪郭を鮮明にしてくれるのです。『バベットの晩餐会』は特に美しい示唆を与えてくれた物語の一つです。
舞台は19世紀のデンマーク・ユトランド半島の小さな集落。そこに暮らす二人の美しい姉妹。パリ・コミューンで全て失い、この地に行き着いたバベット。生涯、姉妹に惹かれ続けた裕福な男性、素朴な村人達……。人生の切ない澱を抱えた人々の想いが静かに交差して行きます。姉妹の生活はプロテスタントの牧師であった父の教えに忠実なものでした。頼りない蝋燭の光と質素な愛着道具、手仕事に没頭する慎ましい時間。そんな光景は僕の目に眩しく映るのです。
映画の冒頭、姉妹は「エスカ」と呼ばれる曲木箱を手に、貧しい人々の家を慰労訪問します。木箱には温かいスープで満たした木のボウルが用意され、施しを受ける老人は古ぼけた銀の匙でスープを口に運びます。祈祷会の場面では鉄の燭台に火を灯し、ピューターのカップで葡萄酒を愉しむ。僕はそんな場面から生きた道具の姿を垣間見るのです。バベットが姉妹から現地料理を教わるシーンも見逃せません。陶器のすり鉢や水差し、使い込まれたまな板、サッと手を洗う古ぼけたバケツなど、いずれも今では蚤の市に並ぶような生活道具が僕の目を存分に楽しませてくれます。物語のクライマックスは題名に等しく、バベットが手掛ける晩餐シーンです。数々の道具が登場するのに加え、伝統的なフランス料理が次々とテーブルに運ばれていきます。台所と美しい食卓風景が繰り返される場面は誰もが息を呑むでしょう。 気づけば、おいしい料理は人々のわだかまりをそっと解きほぐしていく。そんな時、空になったグラスは優しくテーブルで光り輝いていたのです。蚤の市で僕は、物に秘められたそんな物語を探し求めているのかもしれません。
illustration : Yu Nagaba movie select & text:Genta Iimura edit:Seika Yajima