MOVIE 私の好きな、あの映画。
写真家 大森克己さんが語る今月の映画。『あのこは貴族』【極私的・偏愛映画論 vol.103】June 25, 2024
This Month Theme日本の美しい町に出合う。
旅情をそそられる、東京の風景。
2021年公開の岨手由貴子監督『あのこは貴族』は俳優陣の演技はもちろんのこと、その背景となっている風景が素晴らしい。
風景というのは人間が見ているからこそ風景なのであって、もし誰かが切り取ることがなければ茫漠としたただの現実で、ただの現実と風景は一体何が違うのだろうか? そこに暮らす人間の息づかいや音、動植物の気配、太陽の光と人口光、空気の動きや水分量など、ぜーんぶ風景の一部だろう。松濤に暮らす学習院育ちの深窓の令嬢である医者の娘(門脇麦)の見る景色、富山の漁師の娘(水原希子)が東京でひとりで暮らして出会う世界、慶応卒の二世政治家(高良健吾)の目にうつるもの、それぞれが孤独な独立した風景で、優しかったり意地悪だったりする。
この映画が凄いのは、登場人物の見るインディペンデントな風景が、日本のさまざまな場所で、別の誰かの風景と、極く自然に、ドキドキしながら重なっていくところ。それは、高級ホテルのラウンジだったり、大学のキャンパスだったり、ちょっといなたい町中華だったり、正月の帰郷の際に市街越しに見える立山連峰だったり。誰かの見ている風景が、ほかの誰かのそれと重なるっていうのは、こうして文字にするのは簡単だが、実際の映像でそれを実感させるのはかなり高度な技術と態度、そして光に対する感受性が必要なのだろうと思う。人間というのは常に動き続けているので、その身体性(あ、感情も身体の一部かも!)抜きに風景をフレーミングすることは難しい。岨手監督の演出と撮影監督の佐々木靖之のカメラワークのコンビネーションは近年見た邦画のなかでも特筆すべき丁寧さにあふれている。テレンス・マリック監督の『天国の日々』でネストール・アルメンドロスが捉えたアメリカ中西部の風景をほんの少し思い出したりもして。
映画の中盤、大手町や内幸町の界隈という、ボク達がふだん旅ということばから連想する地名とかなり縁遠そうなビジネス街で、大学の同期という設定のスーツ姿の30歳くらいの女性2人(水原希子と山下リオ)が「二ケツ」で自転車で移動するシーンがあって、とても美しい。なんだか遠くに行って見た風景のようだ。ボクは日々、東京とその周辺で働いているのでちょっと不思議なのだが、改めて東京の風景に旅情を感じてしまった。ノスタルジーとしての東京ではなくて、しっかりと21世紀のいまの東京の風景がそこにあって、でも初めて見る感じ。
あ、でも東京オリンピックが開催されたのは随分と前のことのようにも感じるなあ。時間と風景って不思議なモノですね。
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あのこは貴族
監督:岨手由貴子
Blu-ray&DVD発売中
発売・販売元:バンダイナムコフィルムワークス
(c)山内マリコ/集英社・『あのこは貴族』製作委員会
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illustration : Yu Nagaba movie select & text:Katsumi Omori edit:Seika Yajima