TALK あの人が語るベターライフ。
「ずっとそばにいた愉快な家族の話を」 俳優・安藤玉恵さんに聞いた、初のエッセイ本『とんかつ屋のたまちゃん』のこと。July 07, 2025

舞台や映画でさまざまな話題作に出演し、活躍を続ける俳優の安藤玉恵さん。彼女が生まれ育ったのは、東京の東側・尾久。実家は商店街でとんかつ屋『どん平』を営み、近所には愉快な大人たちがたくさんいた。地元でいくつも伝説を持つ父に、太宰治好きでファンキーな母、そんな母を共に看病した兄……。自身初となる書き下ろしエッセイ本『とんかつ屋のたまちゃん』では、安藤さんの幼少期の記憶とともに、おかしくて温かい人々の物語が綴られている。
小さい頃から見てきた景色を、そのままに。
なかでも印象的なのは、父・一男さんのエピソード、と振り返る安藤さん。
「スキンヘッドだった父が、頭に焼酎をかけて、たわしで擦ると髪が生えると言い出せば、銭湯に通う常連さんたちがマイタワシを脱衣所に並べたり。他にも、プールで25メートル一度も息継ぎせずに潜水で泳ぎ切ると髪が生えてくる、なんてことを父が言い出したら、近所で潜水チャレンジをする人が増えたり……(笑)。 今思うといろいろな意味でツッコミどころがありますよね。当時流れていた空気を描写するなら、"テキトー"っていう言葉がぴったりかもしれません。でも、その"テキトー"の中にこそ面白さが詰まっている。エッセイを書くとなったとき、家族や地元のことだったらエピソードもたくさんあるし、続けられるかも、と思いました」
本書には家族や親戚のほかにも、"スナック木の実のマスター"、"ブティックSUMIREのマダム"や"石川さん"に"トモコさん"など、安藤さんの幼少期をかたちづくった、個性的な大人たちが章ごとに登場する。
「東京で生まれた私は、山や川に囲まれて、全身で自然を感じて育ってきた人がうらやましかった。でも、今回エッセイを書いてみて、私はこんなに豊かな人たちに囲まれていたのかと気づいたのです。小さい頃から当たり前に見てきた景色だけど、これは特別なのか、と。生き物や植物に触れるように、私は"人情"に触れて、その機微をキャッチして育ってきた。思えば、それは自分の演技にも生かされている気がします」

「どうやったら、読む人の"内臓が動かせる"ような文章が書けるのか」
まるで目の前で安藤さんが目の前で話しているような、臨場感あふれる筆致で、幼少期の記憶が、細やかに綴られていく本書。そのリズムに乗せられ、読み進めるほどに、どんどん吸い込まれてしまう。
「とにかく面白く思ってもらえるように書こう、というのはすごく意識していました。それでいうと、うちの近所の大人たちの話し方が、どうも落語っぽいんですよ。本にも出てくる寿司屋『鮨福』の大将はカウンターで『八っつぁん』とか言ってしまいそうなくらい(笑)。その話しぶりが頭に刷り込まれていたから、彼らの会話のリズムで書けばきっと可笑しいだろうな、というのは考えていました。ライトに楽しく読めると言っていただけますが、実はドストエフスキーや夏目漱石のような文豪を参考にして、ずっしりとした気概を持って、向き合っていたつもり。どうやったら文豪たちのように、内臓が動かせるような文章が書けるのかしら、と頭をひねっては、試行錯誤を繰り返していましたね」

エッセイを綴ることは、演じることに似ている。
同時にどこか演じているような感覚もあった、と安藤さん。
「あとがきを読んでもらうとわかりますが、本文とはまた違う、もう少し落ち着いた語りにしています。本文は演じている最中、あとがきは舞台から降りたあと、といいますか。エッセイを書き上げることは、芝居をやっているときの感覚に近しい気がします。自我ではなく"(誰かに)言わされている感"がある。それは、俳優の私にとっては、ノっている、いい演技の状態でもあります。初めてエッセイ本を書きましたが、その感覚が掴めたのは大きな学びでした」
手に取ってくれた人が少しでも笑ってくれて、自分の家族や、近所にいたかつての面白い大人たちを思い出してくれたら、と安藤さん。愉快なリズムで綴られた本書は、人間味あふれる温かな人情の世界へと誘ってくれるはず。
For Better Life
「ベターライフのために大切にしていることはありますか?」

&Premiumが大切にしている「Better Life(より良き日々)」。それを叶えるためのヒントを安藤さんに聞いてみました。
「ご飯をおひつに入れる」:香川の桶屋『谷川木工芸』のものを愛用しています。朝にごはんを炊いて、おひつに入れておく。稽古から帰ってきてから食べると、お米に木の香りが移っているのが、なんともおいしいんです。
Book Information『とんかつ屋のたまちゃん』

著者:安藤玉恵
出版社:幻冬舎
価格:1540円
photo : Ayumi Mineoka styling:Kei(salon de GAUCHO) hair & make up:Eriko Yamamoto
安藤玉恵Tamae Ando
俳優、東京都荒川区出身。今後の主な出演に、Eテレ『未病息災を願います』(レギュラー)、映画『でっちあげ〜殺人教師と呼ばれた男』、舞台『リア王』(東京/2025年10月9日(木)~11月3日(月祝)THEATER MILANO-Za、大阪/11月8日(土)~16日(日)SkyシアターMBS)など。