MOVIE 私の好きな、あの映画。
グラフィックデザイナー、葉田いづみさんが語る今月の映画。『A GHOST STORY / ア・ゴースト・ストーリー』【極私的・偏愛映画論 vol.100】March 25, 2024
This Month Themeスタンダードなもの選びが素敵。
可愛く切ないゴースト。
敬愛するスタイリストKさんが撮影現場に着てきたTシャツに「おばけ」がプリントされていた。それも古典的なタイプの、目の部分に二つ穴が空いたシーツをかぶったおばけ。気になってたずねると、お気に入りの映画のTシャツだと言う。抜群にセンスの良い彼女のおすすめならば、と時間を開けずにその映画を観た。それが『A Ghost Story』との出会いだ。
この映画で個人的に最もすばらしいと思うシーンは、物語の割と始めの方にやってくる。不慮の事故で最愛のパートナーを亡くした女性が呆然とした表情で家に戻ると、キッチンには友人が彼女を心配して届けてくれたパイとメッセージが。たぶんホームメイドのダークチェリーパイだろう。彼女はおもむろに立ったままパイを食べ始め、さらには皿を抱えて床に座り込む。まるでどんぶり飯をかきこむかのごとく、ホールのパイをフォークでひたすら食べ続けるという長回しのシーンだ。ゴーストへと姿を変えたパートナーは身じろぎもせずその姿を見守る。大切な人を失った途方もない悲しみをこんな風に表現した映画を他に知らない。
登場人物たちが住む家のインテリアはどこもひっかかりがなく、ごく普通だ。私たちが想像するステレオタイプなアメリカっぽいインテリアから全くはみ出していない。特別センスが良いわけではなく、どこまでも普通なのがかえって心地いい。余計な装飾のないすっきりしたデザインの冷蔵庫はどこのメーカーのものだろうか。
ゴーストは執拗にひとつの場所にとどまり続ける。家は壊され巨大なオフィスビルとなり、辺りの風景が一変しても。白かったシーツは徐々に黒ずみほつれ、くたくたに馴染んでいく。シーツが使い古されていくほどに、表情のない彼の心情がわかるような気持ちになってくるから不思議だ。
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・A GHOST STORY / ア・ゴースト・ストーリー
・DVD&Blu-ray発売中
・Blu-ray:5,280円(税込)
・販売元:株式会社ハピネット・メディアマーケティング
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illustration : Yu Nagaba movie select & text:Izumi Hada edit:Seika Yajima