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極私的・偏愛映画論『ニューシネマパラダイス』選・文/谷尻誠(建築家) / March 24, 2017

This Month Theme変化する日々の中で、豊かさに気づかせてくれる。

谷尻誠(建築家)

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変わりゆく存在と、変わらずにあり続ける存在。

 仕事柄、豊かさとはなんなのかと考えることがよくある。毎日忙しく過ごし、気がつけば一週間が、一ヶ月が、そして一年があっという間に過ぎていく。充実した日々の連続とも言えるが、変わり続ける状況に対応してるだけとも言える。たまに休みを取って仕事から離れ、ゆっくりとした時間を過ごすだけで、やけに豊かな気持ちになったりするわけで、時間の速度によって、豊かさが決まっているのかとも思ったりする。その時間はぼくたちに、こころの安らぎを与えてくれる。

 時間のことを考えると必ずこの映画を思い出す。『ニューシネマパラダイス』。ストーリーは説明するまでもないだろうが、僕はこの映画にとても魅力を感じている。もちろん内容が良いというのもあるけれど、なによりも駐車場の男がいることが、ぼくをこの映画の虜にしたとも言えるかも知れない。映画館を舞台としたストーリーの中で、映画館が火事になったり、街の風景は時代と共に変わり続ける。しかし、いつの時代も変わらず駐車場に住みついている男が何も変わることなく存在することで、変わりゆく存在と、変わらずにあり続ける存在の対比が見事に映画の中で描かれている。それによって、変化というものがより明確にあらわれ、昔は良かったという感情がよりこみ上げてくるように作られている。映画という短い時間の中で、懐かしい感情を鑑賞者に抱かせること、それは時間をデザインしていると言えるだろう。ぼくはそれに気づいたとき、映画というものの奥深さを感じたし、本当に素晴らしい映画だと感動した。

 いつも忙しく変化し続ける状況の中で日々を過ごし、多くのエキサイティングなことの背景には、変わらずにあるもの、ぼくの立場から考えると、スケジュールを管理してくれているアシスタントや、スタッフ、現場の職人さん、家族、友人などなど、いつも変わらず傍にいてくれる人たちの存在のおかげで、現在が存在しているわけで、この映画を見るとそれに気づかされ、ありがとうと伝えたくなる。

 変わりゆくものの背景にある変わらないもの。物事はつねに関係性の中で成り立っている。建築を考える時も、リビングの傍にある庭の存在、料理にとってのお皿の存在、家具にとっての空間、様々な関係性を意識すること、そこに豊かさの種があるように思う。変わらないもの。変化の中にいるからこそ、変わらないものを、大切にしていきたいと映画をみるたびに思うのだ。

illustration : Yu Nagaba
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イタリア人監督のジュゼッペ・トルナトーレによる1988年公開の映画。ローマ在住の映画監督、サルヴァトーレの少年時代と青年時代を回想する形で進む物語で、シチリア島の小さな村の、小さな映画館を中心にストーリーが展開されていく。フィリップ・ノワレ演じる映写技師、アルフレードの優しさや映画への愛情、大人になったからこそ感じる郷愁がとてもよく描かれていて、何度でも見たくなる映画です。
Title
『ニュー・シネマ・パラダイス』
Nuovo Cinema Paradiso
Director
ジュゼッペ・トルナトーレ
Screenwriter
ジュゼッペ・トルナトーレ
Year
1988
Running Time
175分
『ニュー・シネマ・パラダイス 完全オリジナル版』
価格 ¥1,800+税
発売元 アスミック・エース株式会社
販売元 株式会社KADOKAWA

建築家 谷尻 誠

1974年広島県生まれ。穴吹デザイン専門学校卒業後、本兼建築設計事務所、HAL建築工房を経て2000年にSUPPOSE DESIGN OFFICE設立。2014年より吉田愛と共同主宰。建築をベースとして、新しい考え方や、新しい建もの、新しい関係を発見していくことを目的に、住宅や商店、公共施設のインテリアデザインなど、人と人が交わる場所づくりを手がける。穴吹デザイン専門学校特任講師、広島女学院大学 客員教授、大阪芸術大学准教授。最近では「社食堂」や「絶景不動産」を開業するなど活躍の幅も広がっている。

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