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極私的・偏愛映画論『クリクリのいた夏』選・文 / 楠瀬健太(まるふく農園/「M'MATOKA」オーナー) / April 25, 2022

This Month Theme花と植物を愛する暮らしに魅入る。

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美しい景色と人々の豊かな営みに憧れる。

 海外の映画を観るとき、綺麗な花が咲いていたとか、樹形がカッコイイ木だな、とか植物に目をやることが多い。特に手入れされた庭園よりも、自然に自生している草木を見るのが好きだ。登場人物が何気なく歩くシーンの足元に生えている草も、日本に生えている植物とは当然違うし、映画の舞台となる国の特徴や地域の環境も映し出してくれるのでストーリーと共に楽しんでいる。

 この映画の舞台は1930年代のフランスの片田舎。とあるマレの畔での暮らしを軸に、街に住む友人達との関わりを描いている。畔には大きな池があり、その周りを草原、森林が覆う生態系豊かな環境だ。池のほとりに家があり、外にはテーブルがある。天気の良い日は外でパンとワインで食事を楽しむ。いつも小鳥のさえずりが聞こえ、池では魚が跳ねる。夏のシーンが多いので花よりも緑が生い茂っている印象だが、気持ち良い風が吹き、瑞々しい草木の青臭い香りまで漂ってきそうだ。
 街に住む薔薇好きな老夫人の庭を耕すシーンでは、優しい色の薔薇が咲き、手入れされた植物達がセンス良く植えられている。庭にテーブルを出して、休憩に極上のワインを嗜む。こんな仕事最高だと思う。

 ある日の美しい夕暮れに蓄音機から響くルイ・アームストロング の「West End Blues」。
その日偶然集った男達は池のほとりのテーブルでワインを飲んでいる。話は盛り上がり、大の大人が少年のような眼をして「今夜はやっちゃいますか!」。JAZZのレコードを聴きながらワインで乾杯。年齢も立場も違う4人の男達の対等な友情が芽生えていくシーンは何度観ても清々しい。奥さんは怒っているけれど……。

 冒頭には、森の中で自生するスズランを摘みながら束ねていくシーンがある。フランスでは5月1日に幸せを呼ぶスズランを大切な人に贈り合う習慣があるようだ。今も続いている素敵な習慣。
 
主人公は春になると街でスズランを売り、夜はアコーディオンを持って街へ歌いに出かける。近所で農作業の手伝いをしたり、雨上がりには森へエスカルゴを採りに行って市場で売ったりもする。いわば自由人だ。貧乏だが、誇りをもって生きている。
 本作には素敵な言葉がたくさん出てくる。中でも友人が朗読するこの短い文章は深く心に突き刺さるものがあった。

「自由とは好きなように時間を使うことができることをいう。何をし、何をしないのかを自分で選び決めることを言うのだ」。
明日は、庭でワインを飲みながらレコードを聴くのも良さそうだ。

illustration : Yu Nagaba
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1930年代のフランスの片田舎が舞台。街の裕福な友人達はマレ周辺の美しく豊かな自然に魅せられ、自由に生きる住人に憧れる。恋、笑い、数々の名言、良い音楽。そしてワインを美味しそうに飲むシーンが多いので観ているとワインが飲みたくなる。
Title
『クリクリのいた夏』
Director
ジャン・ベッケル
Screenwriter
セバスチアン・ジャプリゾ
Year
1999年
Running Time
115分

まるふく農園/「M'MATOKA」オーナー 楠瀬 健太

高知県高知市のハーブ専門農家。農薬や肥料を使わずに栽培する。料理家とのコラボレーションも行う。

matokaherbs.thebase.in

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